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勧持品 第十三 その4
投稿者:shamon 投稿日:2009年12月 1日(火)10時14分42秒悪鬼は彼らのその身に入り、私達を罵り辱めることでありましょう。私達は仏を敬い信じて、そして常に忍辱の鎧を着ます。この経を説くために、これ等の試練を耐え忍びます。私達は身命を惜しみませぬ。ただ、この上なき道を惜しむのです。
(要文)
悪鬼其の身に入って、我れを罵詈毀辱(めりきにく)せん。我等仏を敬信して、常に忍辱の鎧を着るべし。是の経を説かんが為の故に、此の諸の難事を忍ばん。我身命を愛せず、但無上道を惜しむ。
(要義)
この世の精神の世界には悪魔があって、そして人々の中に入って法華経の行者を謗り辱めます。反対者その人だけならば取るに足らぬ者であっても、我々は悪魔という強い敵を相手にしているのですから、けっして油断をすることがあってはなりません。如何に自分の決心が強いにしても、自分の力だけで戦っているならば、或いは悪魔のためにやられるかも知れないのです。だからこそ、我々の方も自分が努力する以上にお釈迦様を信じ、そして仏様の心から離れぬようにして忍辱の鎧を着て、如何なる困難にでも堪え忍んで行かねばなりません。この法華経を説くという一念の為には、「身は軽く法は重し」という決心をして、そして如何なる事が起こってもそれを忍んで行かなければなりません。日蓮聖人は正に、この「命を惜しまず無上道を惜しむ」という精神に依って法華経を弘めることを為されたのです。
しかしながら釈尊は、後に迹化の菩薩(迹門および爾前の経において教化された菩薩)の誓願を一旦制止されます。此処に言い表された決心には何等の濁りもなく、そして足らぬこともないのですから、それ故に許しを与えなかった訳ではありません。今は立派な精神でも、過去の経緯から果たしてその通り行けるかどうかを疑問に思うところから、釈尊は迹化菩薩の誓願を斥けたのです。したがって、末法において釈尊の弟子として、怯むことなく恐れることのない境地に達して法華経を弘めるためには、法華経の本門に至って、そして日蓮聖人のように、教主釈尊によって久遠の過去に教化された本化菩薩の自覚に至る必要があるのです。