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報恩抄 その21

 投稿者:shamon  投稿日:2017年 9月19日(火)16時03分19秒
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  「法華経には、我身命を愛せず但(ただ)無上道を惜しむと説かれ、涅槃経には、寧(むしろ)身命を喪うとも教を匿(かく)さざれ、と諫め給えり」

日蓮聖人の着眼からすれば、仏教と言うも政治と言うも、その目的は一つです。政治は制度的あるいは物質的な手段をもって社会を治めるものですが、そればかりではなく、人間の心の満足まで得られるように心配しなければなりません。宗教もまた人々の心を治めるというだけでなくして、実際の生活上の事柄も心配しなければなりません。精神の力が人間活動の源ですから、その精神を導くことによって力が現れて、すべての活動が起こって来ます。もし人が怠けるという心のために働かなければ、制度の恩恵を受けることも出来ず、また物質的にも貧乏することになります。このように物質の問題もやはり精神に関連するからこそ、宗教は精神の側から感化を及ぼして行こうというのです。そして今日の最も進歩したる政治、人種差別の撤廃でも有名な米国のケネディ大統領が「国があなたのために何をしてくれるのかを問うのではなく、あなたが国のために何を成すことができるかを問うて欲しい」と就任演説の時に述べて人々の心を動かしたように、政治とは国民の一人一人の自覚の上に立つものでなければなりません。

国民の自覚とは即ち精神です。その精神が人間生活の基本、政治の基本、理想の社会を打ち立てる基本であることは、最早疑いの余地はありません。ならば宗教家はただ死んだ人のお弔いをするとか、病人の祈祷をするとか小さなことだけでなくして、自ら学び、修行・実践して、道理というものを確かに悟り、そしてすべての人達に精神的幸福と理想を現在及び永遠にわたって与えなければならないということになります。政治と宗教は共に、人々を救済する同一の目的を有しています。それ故に日蓮聖人は、国の政治を執る人は、その宗教が国家・社会に及ぼしてどういう影響があるかということを考え、また如何なる宗教信念が自分の精神の満足は勿論、国家・社会に対して満足が得られるものであるかを徹底的に調べて定めなければならないと諫言されたのです。いみじくも一国の政治を執る人が、先祖代々であるからと固執したり、好き嫌いで宗旨を選んだり、宗教に対して無知・無関心であったり、カルト宗教であれ何であれ、利用できればよいと考えていたりしてはなりません。宗教の自由とは、個人の信仰に国家が何らの強制や迫害を加えないことを保障するものであって、大いに議論して人々が正しい宗教信念に導かれることを妨げるものであってはならないのです。

この理想からすれば、当時の鎌倉幕府は全く成っていなかった、そして僧侶も考えが狭かったがために、日蓮聖人はこれを諫められたわけです。ところが濁った中に正義を打ち立てるということは、非常に困難なことであって、必ずやそこに迫害が起こって来ます。もしこれを言い出したならば、その身に色々な艱難辛苦が迫ってくるが、しかし自分一身の安泰を考えてこれを言わずに置けば、国家のためにも、また多くの人々のためにもならず、仏の教えにも忠実な者とはならない。殷の国では、比干という忠臣が紂王を諫めたために胸を裂かれて死に、夏の桀王も自分を諫めた竜蓬の頸を刎ねたが、二人とも忠臣の名を残して後代の人々の精神に感化を与えている。仏教の書物を読めば、檀弥羅王という悪王に、仏教の高僧である師子尊者は殺害され、その他にも命を捨てて道に殉じたる聖者が歴史上に数多くいたことが書かれている。日蓮も不肖ながらこの殉教の聖者、あるいは忠臣の中に入って、国ため道のために尽くす身となると思えば悦びである。

法華経の金言を見れば、寧ろ命を捨てて道を愛さなければならないとある。また涅槃経には、たとえ命に及ぶことがあっても使命を果たさなければならないとある。命を全うせんがために、使命を傷付けることは世間の人もなお恥であると思っている。いわんや仏教の伝道者が、世の中の迫害が多いために、如来の遺訓を曲げるが如きであってはならない。もし命を惜しむがために卑怯未練の行いをしたならば、何時仏に成る機会を得られるというのであろうか。己の成仏が出来ないばかりか、一体何時の世に父母や師匠の御恩に報じてお救いすることが出来ようか。かくして日蓮聖人は、この度は命を捨てても正義を一貫すべしと決心をされ、この大事を申し始められた、即ち「立正安国論」を書いて国家の安泰を願われたのです。ここで考えなければならないことは、政治や法律や経済のみによって国家は健全に進み行き、そして安泰になるのではないということです。国家の基礎は国民の精神より打ち立てられなければならないのですから、何処までも国民が自覚して、国民一人一人が国を背負って立つという精神を養うように導かなければなりません。そして、そこに平等というものが認められるべきであるのです。




 

明解「法華経要義」 如来神力品 第二十一 その2

 投稿者:shamon  投稿日:2017年 9月16日(土)08時29分12秒
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  (現代語)
時に神々は、天空において声を高めて次のように言われました。無量・無辺の世界を超えた遙なる所に娑婆という名の国がある。その国には釈迦牟尼仏という名の仏がおられ、今、菩薩達のために、大乗の妙法蓮華・菩薩を教化する法・仏が護念するものと名付けられた経を説かれている。汝等よ、心の底から喜ぶべきである。また、釈迦牟尼仏を礼拝し供養すべきである。十方の世界の人々は、この天空の声を聞き終わると、皆合掌して娑婆世界に向って「南無釈迦牟尼仏、南無釈迦牟尼仏」と唱えたのです。

(要文)
即時に諸天、虚空の中に於て高声に唱えて言わく、此の無量無辺百千万億阿僧祇の世界を過ぎて、国あり娑婆と名づく。この中に仏います、釈迦牟尼と名づけたてまつる。今諸の菩薩摩訶薩の為に、大乗経の妙法蓮華・教菩薩法・仏所護念と名くるを説きたまう。汝等当に深心に随喜すべし。また当に釈迦牟尼仏を礼拝し供養すべし。彼の諸の衆生、虚空の中の声を聞き已って、合掌して娑婆世界に向って、是の如き言を作さく、南無釈迦牟尼仏、南無釈迦牟尼仏と。

(要義)
この所は十種の神力の中、諸天が唱えて釈尊に帰依することを教えた一節です。十方世界の諸天が何れも娑婆世界の方を向いて、遠く離れた所に娑婆という国がある、そこに釈迦牟尼仏という名の仏が居られ、今は菩薩達のために大乗の妙法蓮華経をお説きになっている、汝達は当に深心に随喜すべきであると天空に声を響き渡らせます。そして「当に釈迦牟尼仏を礼拝し供養すべし」と、釈尊が娑婆世界のような所に出られて衆生済度のために御苦労されていることに感謝しなければならないと言われます。この天空の声に驚いて、十方世界の大勢の人々は、何れも合掌して娑婆世界に向いて「南無釈迦牟尼仏、南無釈迦牟尼仏」と皆幾度も声を揚げて釈尊を賛嘆したのです。これは法華経が、十方世界にあっては娑婆世界を中心とする、仏にあっては釈尊を中心とする思想であることを意味しています。阿弥陀経や薬師経のように、娑婆世界の衆生が西を向いたり東を向いたりするのではなく、十方世界の者が皆娑婆世界の方を向いて、釈尊を礼拝供養するのです。絶対ということを研究する場合には、必ず中心を明らかにしなければ間違いが起こります。何れも同一の仏であるとか、同一の絶対であるとかいうようなことではいけません。したがって、宝塔品においても、来集した十方の諸仏は皆釈尊の分身であり、その本体は釈迦牟尼仏であることが明らかにされているのです。

この南無釈迦牟尼仏ということも余程大事な問題で、南無妙法蓮華経と三宝の中の法に帰依するのも、南無釈迦牟尼仏と仏に帰依するのも、これは三宝帰依の上からは同じことなのです。南無妙法蓮華経と言い表しても、それは三宝に帰依することを法によって代表している訳です。日蓮聖人は撰時抄において、この部分を「南無釈迦牟尼仏、南無釈迦牟尼仏、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経と一同にさけびしがごとし。」と述べられているように、南無釈迦牟尼仏と唱えれば法華経に帰依することを含み、南無妙法蓮華経と唱えれば釈迦牟尼仏に帰依していることを含むのです。仏と法とは離れるものではないのですから、お釈迦様には帰依するけれども法華経は信じない、法華経には帰依するけれども、お釈迦様は信じない等ということは言い得ません。そのようなことは、無鉄砲な何も知らない者が言うことです。日蓮聖人が「法華経は釈迦牟尼仏なり」と述べられていることも同じ意味であって、決して仏と法を切り離すことは出来ません。

 

報恩抄 その20

 投稿者:shamon  投稿日:2017年 9月 8日(金)09時26分40秒
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  「弘法大師帰朝の後、真言宗を立てんと欲し諸宗を朝廷に群集す。即身成仏の義を疑う。大師智拳の印を結びて南方に向うに、面門俄に開いて金色の毘盧遮那と成り、即便ち本体に還帰す。入我我入の事、即身頓証の疑いこの日釈然たり」

弘法大師の弟子・真済が書いた「孔雀経音義」には、弘法大師は中国より帰って来た後、真言宗を立てるために即身成仏ということを疑う諸宗の人々を朝廷に集め、智拳印を結んで南の方に向ってパッと口を開くと、口の中から光を出して金色の毘盧遮那如来の姿なり、そして直ぐに元の姿に戻られたとあります。そのような幻術のようなことを用いて、仏の姿となり、その仏がまた弘法大師の姿となったのであるから、入我我入、即身成仏の疑いは解けたであろうと言って、大勢の坊主に「成るほどご尤も」と頭を下げさせたと書いてあるのです。今でもそのような幻術のようなことを見せられて、これは偉いものだと思う詰まらぬ者が多く居りますが、日蓮聖人は正邪というものは斯様な誤魔化しのようなことで極まるものではない、「但し古の人々も不可思議の徳ありしかども、仏法の邪正は其にはよらず」と忠告されています。

インドの外道は、ガンジス河を耳に十二年も留め、あるいは大海を飲み干し、あるいは日月を手に握り、あるいは仏教徒を牛や羊に変えたというが、そのような者はいよいよ大いなる慢心を起こして生死に迷うこととなっている。天台大師はこれを批評して「名利を求めて見愛を増す」、ただ名誉心や利益を求める気持ちが高まって、劣等なる迷信を用いて煩悩を増していると言われた。光宅寺の法雲は、彼等から見れば立派な人であり、法華経の薬草喩品を講じた時には忽ち雨を降らせたというが、妙楽大師はこれを評して「感応かくの如くなれども、なお理に称(かな)わず」と言われた。それ故に日蓮聖人は、弘法大師が如何なる徳をもって奇跡を起こしたと雖も、法華経を戯論の法と定め、釈迦仏を無明の辺域と書かれたことを智慧のある者は用いてはならない、そのような迷信や誤魔化しのような事を理想としてはならないと忠告されたのです。日蓮門下にも、日蓮聖人が佐渡に流された時に、海面に南無妙法蓮華経の題目を書いたら荒波が静まったというような言い伝えがあり、未だに御祈祷で鬼子母神の霊力をもってすれば御利益がある、病気が治るなど盛んにやっている者が多くありますが、日蓮聖人御自身はそんなことは一度も言ったことも行ったこともありません。暗示による心理作用が働いて力が沸き、事態が好転したり、病気が治ったりすることは確かにありますが、それは心理療法の一部分であって、決して宗教の本旨ではありません。そういうことは催眠術を稽古した者であれば、徳の無い者でも誰でも出来る、泥棒や親を殺した者でも出来ることです。日蓮聖人の主義に立つ者ならば、左様な神秘な事をもって誤魔化してはならない、飽くまでも理義によって道を正して行かなければなりません。


 

明解「法華経要義」 如来神力品 第二十一 その1

 投稿者:shamon  投稿日:2017年 9月 7日(木)09時43分51秒
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  (現代語)
その時に、千世界を微塵にした程の、大地より涌き出たる菩薩達は、皆仏の前にて一心に合掌し、その尊き顔を仰ぎ見て申し上げました。世尊よ、私達は仏の入滅された後、世尊の分身が居られる国土、滅度される所において、必ずや広くこの経を説きます。何故ならば、我等もまた、真に浄らかな優れた法を得て、受持し、読誦し、解説し、書写して、これを供養することを願うからであります。

(要文)
その時に千世界微塵等の菩薩摩訶薩の地より涌出せる者、皆仏前に於て一心に合掌し尊顔を瞻仰して、仏に白して言さく、世尊、我等仏の滅後、世尊分身所在の国土滅度の処に於て、当に広く此の経を説くべし。所以は何ん、我等もまた自ら是の真浄の大法を得て、受持・読誦し、解説・書写して、これを供養せんと欲す。

(要義)
如来神力品は、如来が十種の神力を現じて、本化上行等の菩薩に法華経を付嘱する重要な章であり、法華経の教相と観心における解釈の特権を、この地涌の菩薩に付与したるものです。これを、後の嘱累における総付嘱に対して別付嘱と言います。特に大事なのは上行菩薩に対する別付嘱の一節ですが、加えて法華経における五種の修行が説かれ、殊に受持の大事が示されています。勧持品では迹化の菩薩が、また涌出品の始めでは他方来の菩薩が、この法華経を説く誓いを立てましたが、釈尊はこれを「止みね善男子、汝達が此の経を護持せんことを須いじ」と制止せられました。そしてこの所では、いよいよ本化である地涌の菩薩が、釈尊の尊顔を一心に仰ぎ見て、この経を如何なる場所に於いても弘めるとの誓いを発すのです。それは何故かと言えば、我等自らがこの真浄の大法を受持し、これを読み、誦し、解説し、書写して、供養しようと思うからであると述べています。この「真浄の大法」とは、色々と深い意味にも解釈されていますが、要するに寿量品における本仏顕本の大事のことです。

 

懲りない「創価学会会憲」

 投稿者:shamon  投稿日:2017年 9月 1日(金)21時40分58秒
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  創価学会は1日の総務会で、最高法規となる「創価学会会憲」を制定したと発表した。(2017年9月1日 時事通信・毎日新聞)

創価学会会則)日蓮大聖人は末法の御本仏
       南無妙法蓮華経は宇宙と生命を貫く永遠普遍の根本の法
       牧口先生、戸田先生、池田先生の「三代会長」は、永遠の師匠

さて、日蓮聖人は観心本尊抄に曰く、「地涌千界の大菩薩を召して、寿量品の肝心たる妙法蓮華経の五字を以て、閻浮の衆生に授与せしめたもうなり」「本門の四依は、地涌千界なり、末法の始に必ず出現すべし。今の遣使還告は地涌なり。是好良薬とは、寿量品の肝要たる名・体・宗・用・教の南無妙法蓮華経これなり」「我弟子、これを惟(おも)え。地涌千界は、教主釈尊の初発心の弟子なり」「地涌千界出現して、本門の釈尊の脇士となりて、一閻浮提第一の本尊、この国に立つべし」

日蓮聖人は、日本全体が仏教の開祖・教主である釈迦牟尼仏を蔑ろにした時代に、法華経によって釈尊が本仏であることを顕かにし、その本仏釈尊の弟子・地涌の菩薩の自覚をもって法華経・寿量品信仰の肝心である「南無妙法蓮華経」を末法の衆生に授与することに命懸けで努められたのである。日蓮聖人の御遺文の一体何処に、自身が本仏であるとか、南無妙法蓮華経が宇宙と生命を貫く根本の法などと馬鹿げたことが述べられているのであろうか。「われわれは釈迦仏教に縁のない民衆であることを知らねばならない」「釈尊出世の本懐である法華経でさえも末法の今日には、まったく力はない」などと、釈迦牟尼仏・日蓮聖人に逆らって仏法を破壊するデタラメを教義としながら、仏意仏勅の教団「日蓮世界宗創価学会」などと称し、池田大作を永遠の師匠と無知な衆生を崇拝させ、日本を危うくするカルト教団を決して看過するわけにはいかないが、それを大層に宣伝する日本のマスゴミ(創価学会系)も完全にイカれてると言わざるを得ない。



 

報恩抄 その19

 投稿者:shamon  投稿日:2017年 8月28日(月)15時07分35秒
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  「弘法・慈覚・智証等は設(たと)い翻す心ありとも尚法華経を読むならば重罪消えがたし。いわうや翻る心なし。又法華経を失い、真言教を昼夜に行い、朝暮に伝法せしをや」

弘法大師・慈覚大師・智証大師は法華経を失い、真言密教を昼夜に伝法した人達であって、その重罪は消えることはないと日蓮聖人は責められます。真言の善無畏三蔵、金剛智三蔵や不空三蔵は祈祷を命じられて雨を降らしはしたが、その後に大風が起こって大変な災害となった。日本でも、東寺第一の加賀法印の祈雨に大風が吹いたことは心憎いことである。弘法大師は守敏と祈雨を競ったが降らせることは出来ず、三七日目に天皇が御幣を神泉苑に捧げて降らせた雨を、弟子達と共に「我が雨」として奪い取り、今日までの四百余年、これを弘法の雨と言っている。慈覚大師は日輪を射た夢は吉夢であると判じたが、仏典の五千・七千余巻及び外典の三千余巻にお日様を射る夢が吉夢であるなどということはない。修羅は帝釈に仇して日輪を射ったが、かえって自分の目に刺さった。殷の紂王は日輪を的にして身を滅ぼし、また日本では神武天皇の御時に合戦で流や矢が手に立った五瀬命(神武天皇の兄)は、「これは日天(天照太神)の子孫でありながら、東より上る日に向って弓を引いた罰だ」と言われている。そして経典には、阿闍世王は仏に帰依した後に、日輪が天から地に落ちる夢を見て、家来を集めて仏様の御入滅の準備をされたとある。神を天照といい、日本という我が国にとっては、日輪を射るとか日輪が落ちるという夢は特に忌むべき夢である。また教主釈尊は日種と申して、摩耶夫人がお日様を懐妊する夢を見て授かった太子である。慈覚大師は大日如来を比叡山に立てて釈迦仏を捨て、真言の三部経を崇めて法華の三部経の敵となったために、このような夢を見たのであろう。


 

明解「法華経要義」 常不軽菩薩品第二十 その2

 投稿者:shamon  投稿日:2017年 8月27日(日)09時21分23秒
  (現代語)
億億万劫という考えも及ばぬ遥かな時を経て、今汝達は漸く法華経を聞くことを得たのである。億億万劫という考えも及ばぬ遥かな時を経て、仏達はこの経を漸く説くのである。それ故に修行者よ、仏の入滅の後において、この経を聞いて疑惑を生じてはならぬ。まさに一心に広くこの経を説くべきである。生まれ変わる度に仏に会いたてまつり、そして速やかに仏道を成就すべきである。

(要文)
億億万劫より不可議に至って、時に乃し法華経を聞くことを得、億億万劫より不可議に至って、諸仏世尊、時に是の経を説きたまう。この故に行者よ、仏の滅後に於て是の如き経を聞いて、疑惑を生ずることなかれ。当に一心に広くこの経を説くべし。世世に仏に値いたてまつりて、疾く仏道を成ぜん。

(要義)
億億万劫不可議という長き時を経ても、容易に法華経を聞くことは出来ません。仏が世に出でても容易に法華経を説くことはないのですから、仏滅後に於いてこの法華経を聞くことを得た者は、教えに対して疑いの心を起こしてはなりません。そして「当に一心に広くこの経を説くべし」とあるように、自ら信じるのみでなく、広く宣伝に従事して法華経のために尽くさねばなりません。そうするならば、「世世に仏に値いたてまつりて」仏道を成就することが出来るのです。自己の成仏だけは心配するけれども、法に尽くす考えは無いというのはいけません。法華経によって仏に値いたてまつったことを喜んだならば、更に法華経のために尽くすということを忘れてはならないのです。不軽菩薩が自己の成仏を問題とはせず、人々に対する仏性の覚醒運動を起こしたことも、つまりは法華経宣伝の為であったことが此処に明らかにされています。

 

報恩抄 その18

 投稿者:shamon  投稿日:2017年 8月18日(金)07時58分22秒
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  「仏法のかたうどなるやうにて、仏法を失う法師のかたうどをする故に、愚者はすべて知らず、智者なんども常の智人は知りがたし」

今の日本の為政者は、仏法の味方のようでありながら、仏法を滅ぼすような者達の味方をしているのだから、愚かな者には全く分からず、知恵があっても普通の知恵者では知ることが出来ない。また何時の世も正義の士は数の少ないものであって、涅槃経を紐解けば、真に仏教の正義を主張する者は、爪の上の土の如く、仏教に名を借りて間違ったことをする者は十方世界の土ほどに多いとある。今日のガラクタ坊主が爪の上の士であるか、それとも正義を主張する日蓮が爪の上の士であるのか、よく考えてみるがよい。これは、今日でもやはり同じことが言えましょう。例え他の坊さんの数が多い、信者が多いと言っても、仏教の本旨から見れば間違いがあります。宗教で食べている人は、これを言い出すと非常に嫌がりますが、正しい信仰を求めているのであれば、その嫌がる料簡が既に間違いでありましょう。日蓮門下にある人でも、「どうも日蓮聖人の主義というのは、排斥的だ、排他的だ」ということを直ぐに言う人がありますが、正義を主張することと排他的であることの見分けがつかないようでは駄目です。これも宜しい、あれも宜しいと言って、国家の基礎を危うくするような思想が民心に及んだ時の、その結果はどうなるのか、現代の人は寛容というか、包容力というか、お座なり主義というか、日和見というか、程好いことを言う人が非常に多いようですが、それが果たして善い事か悪い事なのか。料簡が狭いということは無論悪いことですが、何でもかんでも自由だ、平等だと言うことはどうなのか、私達はよくよく考えなければなりません。

道義の観念においては、飽くまでも正邪判別の思想が凜として輝いていなければならない、正を正とし邪を邪とし、正義をもって奮闘する意気がなければなりません。人生は永久に正しき者と邪なる者との闘いです。いくら平等ということを理想として口にしても、平等というものは現れては来ません。すべての人間が同じように善人なるということはない、それはつまり人類の世界は永遠に平等にはならないということを意味しています。人格において善悪があるから、正義を全うしようという場合には、どうしても平等にはなりません。世の中には正しき思想と邪なる思想がある、そして正しき行いを奨励して、悪しき行いを抑えるというように、社会は正邪の闘いをもって進んで行かなければならないのです。人間の社会である限り、永久に正邪の闘いはなくならない、それが人生です。だからこそ、日蓮聖人は「立正安国」と、正しきを立てて国を栄えしむることを訴えられたのです。多数をもって正義とするということは何処にもありません。正法の者は爪の上の土、あらゆる場合において邪なる者が多数を占めているのですから、ただ多数をもって標準とするならば、何時も間違った者が優勢になってしまいます。政治上の低き問題などは別として、高き人間の理想は、飽くまでも正義を標準に置かなければなりません。それ故に日本国の真の安泰を図ろうとするには、正義の人を先に立てて、邪なる者を退けなければならないということを日蓮聖人は申されたのです。


 

明解「法華経要義」 常不軽菩薩品第二十 その1

 投稿者:shamon  投稿日:2017年 8月16日(水)21時12分54秒
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  (現代語)
その時に、常不軽という一人の菩薩の比丘があった。得大勢よ、如何なる訳あって、この者が常不軽と名付けられたかを教えよう。それは、この菩薩が比丘・比丘尼・信士・信女の誰を見ても悉く礼拝して誉め讃えて次のように言ったからである。「私はあなた方を深く敬い、少しも侮り軽しめることはありません。何故ならば、あなた方は皆、菩薩の道を修行して仏となることが出来るからです」と。しかも、この比丘は経典を読誦することを専らとせず、但ひたすらに礼拝を行じたのである。遠くにこの四衆の人々を見れば、わざわざ行って礼拝し誉め讃えて言うのである。「私は少しもあなた方を軽しめません。あなた方は皆、必ずや仏と成るからです」と。

(要文)
その時に一りの菩薩比丘有り、常不軽と名づく。得大勢よ、何の因縁をもってか常不軽と名くる。是の比丘、凡そ見る所ある、もしは比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷を、皆悉く礼拝讃歎して、是の言を作さく、「我深く汝等を敬いて、敢て軽慢せず。所以は何ん、汝等皆菩薩の道を行じて、当に作仏することを得べし」と。しかも是の比丘、専らに経典を読誦せずして、但だ礼拝を行ず。乃至遠く四衆を見ても、またまた故らに往いて礼拝讃歎して、是の言を作さく、我敢て汝等を軽しめず、汝等皆当に作仏すべきが故にと。

(要義)
この常不軽菩薩品では、過去の威音王仏滅後の像法の時代に一人の菩薩があって、衆生を礼拝して仏性の自覚を促した因縁が語られますが、これは元来法華経の修行が、仏性の自覚と菩薩道に進むべきことを最も大切な事としているからです。日蓮聖人が「不軽の跡を紹継す」ということを度々述べられて、今日の法華経修行の模範とすると言われているのも、不軽菩薩の礼拝の行が一切の人々に対する仏性覚醒の運動であったからです。不軽菩薩は、但ひたすらに人を尊重礼拝したから罵られ石や瓦を投げられた訳ではありません。日蓮聖人が法華文句の「不軽は大を以て強て之を強毒す」と引用しているように、不軽菩薩は小乗の教えに執着する増上慢の人々に、声を挙げて仏性の覚醒を促したからこそ反対されたのです。そうであるのに、今日の事勿れ坊主のように他を正そうなどという面倒なことはせず、ただひたすらに人を尊重礼拝するのが法華経修行だと偽善的なことのみを宣っていれば、却って自分の過ちが批判された時には、「人を尊重しろ」などと血相を変えて腹を立てるようなことにもなります。

ここに菩薩比丘とあるのは、大乗仏教の比丘であることを明らかにしています。大乗仏教を奉じる者は、比丘であっても在家であっても、皆菩薩であらねばならないから、その意味を明らかにする為に菩薩比丘であったと説かれているのです。そして、何故にこの菩薩比丘が常不軽菩薩と名付けられたかといえば、「我深く汝等を敬いて、敢て軽慢せず」と、誰に対しても熱心に声を揚げて必ず礼拝し讃歎したからです。何故に軽慢しないかといえば、「汝等は皆菩薩の道を行じて当に作仏することを得べし」で、今はどういう状態に在ろうとも、人は本来仏性を有して居って、その仏性は発動せんとしているものであるから、必ずや仏性顕現の結果は菩薩の道を行ずる、菩薩の道を行じれば必然の結果として作仏することを得るからです。要するに「仏性の顕動」と「菩薩行」、そして「作仏」という関係が非常に大切な事であるから、この自覚を促すのが取りも直さず法華経の要旨であるとして二十四字を纏めて法華経を宣伝した訳です。この不軽菩薩は、普通の菩薩のように仏堂に入って経典を読誦するようなことを専らとはしません。仏像に向かわずして人間に対して、但ひたすらに礼拝を行じた、他の事は少しもやらないで、夜が明ければ人々の仏性の自覚を促す運動をされたのです。そうして時に反対する者があって、石や瓦を擲つような場合にも、そこを走り去っては、また振り返って「我深く汝等を敬いて、敢て軽慢せず。所以は何ん、汝等皆菩薩の道を行じて、当に作仏することを得べし」と、熱心に人々に対して仏性の覚醒を促したのです。これを経文にすれば二十四字ですが、日蓮聖人は「彼の二十四字と此の五字と、其の語殊なりと雖も、其の意これ同じ」と、不軽菩薩が二十四字を以て法華経を広宣流布したのと、日蓮が題目の五字を以て法華経を広宣流布するのは、その意において同一であることを述べています。これが法華経の二大教義の一つ、即ち仏性の顕動です。そして、二大教義の他の一つは本仏の顕本です。

法華経の研究に於いても、所謂内在の仏と客観に実在する仏の関係が始終迷いを起こす問題となっていますが、法華経は斯様に内在の仏の自覚を促しているけれども、さればとて寿量品を忘れてこれだけを言うのではありません。いよいよ菩薩行に入るということになれば、発心修行の其処には無論信仰を本にして種々の善根を積むのですから、菩薩ともある者が本仏に対する所の信仰意識がないようであってはなりません。菩薩精神の中心は本仏に対する渇仰の心にあることは、一点も迷う所はないのです。自己を研究してそこに絶対の価値を認める時に、客観の尊厳者を侮るような気分を生じてしまうのは、現代文明の大弊害とも言うべきものです。それは思想が熟していないから起こることであって、この不軽品を学ぶ者、また方便品を学ぶ者がそのような考えになったならば、法華経の精神を大きく失うことになってしまいます。それ故に日蓮聖人は、寿量品が法華経の中心教義であるという事を至る所の遺文に明記せられているのです。仏性論に於いてこれを研究するならば、正因仏性は皆本来有しているものですが、智慧となる了因仏性は本仏に結びつかなければ起こらないのであり、菩薩行を積まなければ縁因仏性とならないことは、最早法華経の綱格として動かすべからずことです。したがって、日蓮教学の根本方針としては、如何なる場合に於いても寿量品の教義と衝突したり、他の教義によって寿量品の尊厳を冒したりするようなことの無いように注意をして研究を進めて行かなければなりません。


 

報恩抄 その17

 投稿者:shamon  投稿日:2017年 8月11日(金)16時21分33秒
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  「かかる謗法の国なれば天も捨てぬ。天捨つれば、古き守護の善神も祠(ほこら)を焼いて寂光の都へかへり給いぬ。但し日蓮計り留まり居て告げ示せば、国主これをあだみ、数百人の民に或は罵詈、或は悪口、或は杖木、或は刀杖、或は宅々ごとにせき、或は家々ごとに逐う」

法華経の不軽品には、威音王仏の末法の時代に不軽菩薩を誹謗した者は皆地獄に行ったと説いてあるが、法華経の金言が事実であるならば、気の毒なことに今の法華経に反対する宗派の人々は、展転至無数劫と言って限りなき間地獄に堕ちなければならなくなる。国もまた法華経を蔑ろにするがために天からは捨てられ、守護の善神も見放されてしまった。しかしながら日蓮は、この国に生まれた愛国の精神として、決して国を見捨てる訳には行かない。その日蓮が世尊の弟子として我が国家の前途を祈っているにも拘わらず、色々な方法をもって迫害が加えられているのは、よくよくの事である。それが故に大集経に説かれているように、飢饉疫病、様々な天変地妖が起こり、内には国内の人心が乱れ、外には他国からの攻撃があって、まさに日本は亡国の危機に面しているのではなかろうか。思えば日蓮は、去る文永八年九月十二日、平左衛門が数百人の強者を伴って松葉ヶ谷の庵室を襲った時に、「日蓮は日本の柱なり。日蓮を失うほどならば日本国の柱を倒すになりぬ」と告げた。その翌年文永九年二月に北条一門の内乱、四月の大風、そして十月に蒙古来襲が起きたことを考えれば、誰がこのことを疑うであろうか。

日本の民心の向かうところは斯くあれよと示す点において、日蓮聖人は思想の先覚者、思想の善導者として確かに日本の柱でありましょう。その日蓮聖人の解釈において、今一つ明白なる意見を述べられていることは、国家の存立というものは単に人間の力ばかりではない、神秘に属することのようであるけれども、やはり天佑あり天の成敗ありで、一時は人の力をもって誤魔化すことは出来るけれども、最後は天の精神に合するものは栄え、天意に逆らうものは滅びることになるということです。悲しいことには、今の日本の有様は、悪い者の言うことが用いられて、正しい者が押し込められている。これが段々と高じていくと、遂には国の前途が危うくなるが、そのことに気付かずして、何時までも正法を押し込め、正法の行者であり、如来の使いである日蓮を迫害するならば、諸天善神が怒りを為して国に災難が起こることは避けようがない。これまでも謗法の者は国中に充満していたけれども、敢えて言う者が居なかったがために、平穏だっただけである。譬えてみれば、眠っている獅子に手を触れなければ吼(ほ)えない、急流に櫓をささえなければ波は高くならない、盗人も止めなければ怒らず、出刃包丁で斬り付けては来ないようなものである。思想が乱れているとか、道が損なわれているとは言っても、これを明らかに指摘し批判する人がいなければ、表向きは国も穏やかであるけれども、「これは改めなければばらない、此所は間違っている、これはこのままには捨て置けない」と言って、命懸けで正義を主張する者が現れた時に、これを迫害がするならば、必ずやそこに国の危難が現れて来る。そのことは、金光明最勝王経、大集経や仁王経等の経文において明白なことであると述べられています。


 

明解「法華経要義」 法師功徳品第十九 その2

 投稿者:shamon  投稿日:2017年 8月 9日(水)13時39分19秒
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  (現代語)
この清浄なる意の働きを以て、法華経の一偈一句を聞くならば、そこに量り知れない広大な意義を知るのである。その意義を理解したならば、一偈一句について説くことは、一ヶ月、四ヶ月、さらに一年にも至るであろう。その説く所の教えは皆、その本来の意義に従って真実の在りようと相違うことはない。もし他の道徳的な書物、政治的な論義、経済的なことや実生活について説いたとしても、すべて正しき法に従ったものとなるであろう。全世界の六種の境界にある衆生の心の働き、心の意図する所、心の戯れを、皆悉く知るのである。煩悩を離れた汚れ無き智慧を未だ得ていなくとも、その意の清浄なることは、この如くである。この人が思惟し、その上に語ることは、すべて仏法であって真実と異なることはない。

(要文)
是の清浄の意根を以て、乃至一偈一句を聞くに、無量無辺の義に通達せん。是の義を解り已って、能く一句・一偈を演説すること、一月四月乃至一歳に至らん。諸の所説の法、其の義趣に随って、皆実相と相違背せじ。若し俗間の経書、治世の語言、資生の業等を説かんも、皆正法に順ぜん。三千大千世界の六趣の衆生、心の行ずる所、心の動作する所、心の戯論する所、皆悉く之を知らん。未だ無漏の智慧を得ずと雖も、しかも其の意根の清浄なること此の如くならん。是の人の思惟し籌量し言説する所あらんは、皆是れ仏法にして真実ならざること無し。

(要義)
もし意根清浄を得たならば法華経の僅かに一句一偈を聴いても、一を聞いて十を知るように多くの意味に通達することが出来ます。そしてその得たる理解から今度は他に説く時には、簡単なる一偈から幾らでも説き広げることが出来き、一ヶ月と言わず四ヶ月、或いは一年に及んでも説き尽くせぬ程の広大な意義を現していくことが出来ます。そして、どのような問題に触れても、道徳の問題や政治の問題についても、経済の問題でも実生活の問題でも、悉く実相の妙法に背くことのない解釈が出来るようになる、皆正法の法華経と一致したる帰結になるのです。そればかりではありません、この広い世界にある人々の心の働き、心の動き具合、その心中に詰まらぬことを考えていることまでも悉く知ることが出来る、未だ煩悩を断ち切っていない、真実の無漏の智慧に達してなくとも、心が清浄となればこれだけのことが出来るのです。

それ故にその人は何も経文に引っ付いて考えなくとも、その人の自発的思想において判断したことであっても、それが殆ど仏教から縁が切れたことのようであっても、それが皆仏教となり、それが皆真実となるのです。日蓮聖人の仏教に於ける解釈はこの義に適っている訳です。法華経には、これだけの抱負があるのです。ただ仏教と言えば、経典の文字章句の間に没頭し、ただ有り難いというより外に出ないように考えていることは、如何にも釈迦牟尼仏の精神に反することです。釈尊の立てられた教えは、今の所謂宗教だけでなくして、あらゆる文明の要素と調和を取って、そしてそれに生命を与え、それを善導して、理想の文化に達することを考えたものです。これは釈尊終世の精神であり、後の人はただ歴史上における宗教の偉人と教えている者もありますが、そうではない、人類を導くところの完全な指導者であることを、今後十分に明らかにして行かなければなりません。

 

報恩抄 その16

 投稿者:shamon  投稿日:2017年 8月 4日(金)14時07分28秒
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  「慈覚・智証こそ専ら先師にそむく人にては候へ。かうせめ候も恐れにては候へども、此れを責めずば、大日経・法華経の勝劣やぶれなんと存じて、命を的にかけて責め候なり」

伝教大師は、依憑集の序分の終わりの所に「謹んで依憑集一巻を著わして同我の後哲に贈る」と書かれています。この「同我」とは、自分と同じ考えを持って、同じ思想に基づいて働く人であり、そのような人のためにこの一巻の書物が贈られたということです。即ち法華経が一切経中第一であるという地位を維持する人のために、これを贈ると言われています。そうであるのに慈覚大師が、法華経より大日経の方が勝れたりというのは一体どういうことなのか。慈覚大師は、伝教大師に背いた所の人ではないのか。当時の叡山の勢力、真言の勢力というのは非常に大きいわけですから、日蓮聖人が「叡山は濁ってしまった、真言は誤魔化しだ」と言うならば、実にあらゆる反対を受けることになります。それでも「命を的にかけて」と言われる所に、天台の正義を、叡山の正統を復活しようとする日蓮聖人の熱誠が現れているのです。往々にして誤れる日蓮門下の者は伝教大師を侮り、日蓮聖人は何でもかんでも八つ当たりに批判したように思い、他の悪口を言ってさえおれば良いと考えている馬鹿もいますが、日蓮聖人には断じてそういう考えはありません。「本師伝教大師の御義をよくよく尽くさせ給うべかりけるにや」と書かれているように、叡山の後を継ぐ者ならば、本師伝教大師の仰せ置かれたことを十分研究し尽くさねばならないと言われているのです。

慈覚大師は、色々に工面をして費用を集めて当時廃仏が盛んとなった唐に留学に行って、バタバタと詰まらぬ事を学んで帰ってきた。ならば日本において伝教大師の仰せの通りに法華経の本義を徹底的に研究なさったら良かったのである。残念なことに、叡山の仏法は伝教大師・義真和尚・円澄大師の三代のみで、慈覚・智証が濁ったがために、名は天台宗であるけれども、心は真言に降伏したものとなった。天台宗の座主とは名ばかりで、その実態は真言師である。慈覚大師は伝教大師のお弟子ということで形は比叡山を継がれたが、教えの方から言えば全く弟子ではない。蝙蝠(こうもり)のように鳥でも鼠でもない、大きくなると親を食い殺してしまう梟鳥(ふくろう)や破鏡という獣のようである。法華経という父を食らい、受持者である母を噛める者である。それ故に、慈覚大師の門家である叡山と智証大師の門下である園城寺は、修羅と悪竜のように争い、同じ天台法華宗でありながら、互いに火を放って焼き合うような事になったのである。そして、弘法大師の建てた本寺の金剛峯寺と覚鑁が建てた末寺の伝法院もまた、叡山と園城寺のように常に合戦をしている。このように日蓮聖人は厳しく批判して、慈覚大師が法華経の権威を失墜し、弘法大師の悪逆を遂げしめた点は、仏教史に残る第一の罪悪であると論断されたのです。



 

明解「法華経要義」 法師功徳品第十九 その1

 投稿者:shamon  投稿日:2017年 8月 2日(水)20時51分53秒
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  (現代語)
その時、仏は常精進菩薩に告げました。もし善男・善女が、この法華経を受持し、読み、誦し、解説し、或いは書写するならば、その人は必ず八百の眼の功徳、千二百の耳の功徳、八百の鼻の功徳、千二百の舌の功徳、八百の身の功徳、千二百の意の功徳を得るであろう。この功徳をもって六根を厳かに飾り、そのすべてを清浄とするであろう。

(要文)
その時に仏、常精進菩薩摩訶薩に告げたまわく、「若し善男子・善女人、是の法華経を受持し、若しは読み、若しは誦し、若しは解説し、若しは書写せん。是の人は当に八百の眼の功徳、千二百の耳の功徳、八百の鼻の功徳、千二百の舌の功徳、八百の身の功徳、千二百の意の功徳を得べし。是の功徳を以て六根を荘厳して皆清浄ならしめん。

(要義)
この法師功徳品は、もっと進んだ者の功徳を説いたもので、所謂六根清浄の功徳が挙げられています。これまでのようなただ随喜でなしに、法華経を持ち、読み、誦んじ、説き、写すような五種の修行を整えて熱心な者には、眼・耳の五つの感覚と意の知覚それぞれに功徳が現われてくる、恰も千里眼というようなもので、常人の為し得ざる功徳が得られると説かれています。しかしながら、今はこれを目的としません。日蓮聖人の解釈では六根清浄を得るような修行は正意とせず、この経文について詳しく取り上げなかったからです。ただし、この中の意根清浄については、次のように大切な意義があります。

 

報恩抄 その15

 投稿者:shamon  投稿日:2017年 7月25日(火)06時33分30秒
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  「設(たと)い慈覚、伝教大師に値い奉りて習い伝えたりとも、智証、義真和尚に口決せりといふとも、伝教・義真の正文に相違せば、あに不審を加えざらん」

天台宗の叡山に立派な坊さんが続けば真言宗が蔓延ることありませんでしたが、伝教の滅後、義真・円澄は伝教大師の通りであったにも拘わらず、慈覚・智証に至っては真言の方へ傾いて行きます。慈覚大師は金剛頂経の解釈七巻と蘇悉地経の解釈七巻の併せて十四巻の書物を書きましたが、それは法華経と大日経が説く真理は同じであるけれども、法華経には印を結ぶことと、口にムニャムニャ唱える真言が無いから、大日経の方が優れているというものでした。しかしながら、そうは書いたものの未だ気が進まない、あるいは他人の不審を晴らそうと思ったのか、「これで間違いはありませぬか」と御本尊の前でお祈りをしたのです。そして慈覚大師は、五日目の明け方頃に夢を見た、一天澄み渡って晴れたる大空にお日様が出て居られ、その晴天の日輪に向かって自分が弓を以て矢を射ると、矢の当たったお日様がグラグラと動転して地面に落ちようとした。そこでビックリして夢から醒めた慈覚大師は「悦んで云く、我れ吉夢あり」と言った、そして法華経に対して真言が優れていると言ったことは、仏様の思し召しに叶っていると考えて真言を日本国に弘めることに傾いて行ったのです。

そこで日蓮聖人は、この事についても非常に憤慨された、何人と雖もお日様を射て、お日様が落ちたというのならば非常に驚かなければならない不吉なことであるのに、「是は吉夢だ」などと言い出すのは、慈覚大師は神経衰弱にでもかかったのではないか、そういう馬鹿なことを言い出すから真言宗の如き誤った議論が蔓延るのだと批判したわけです。嘆かわしいことは、慈覚大師は伝教大師のお弟子であり、日蓮は伝教大師の御入滅になってから四百年の歳月を隔てて生まれているものであるから、如何に日蓮が「それは伝教大師の考えではない」と言っても、直弟子の慈覚大師が眼の当たり聴いていたとなると、人はどちらを信じるかと言えば、慈覚大師を信じることになるであろう。しかしながら、ここが古来仏教を研究する人の忘れてはならない所、よくよく注意しなければならない大事なことである。その人から直接習ったとか、特別に相伝したとか言っても、そんなことは当てにはならない。必ずや大事な事柄というものは書物に書き留めるものである。伝教大師ともあろう人が、大事なことを書物に書かずに置いて、弟子にそっと教えるなどという、その一人の人間が誤解すれば自分の議論が間違っていくというようなヘマなことをするものではない。その人が精神を込めて書いて置いた大事な書物に、ありありと背くことを言ったならば、それは全く当てにはならないと言わざるを得ない。これは日蓮聖人の主義に奉じている者ならば、よく考えなければならないことです。それにも拘わらず、「こっちには日蓮聖人からの特別な相伝がある、口伝がある」などと虚仮威しの事を言って、屁理屈を捏ね回しているような宗派が日蓮門下にもあるというのは、実に愚かしいことです。


 

明解「法華経要義」 随喜功徳品第十八 その3

 投稿者:shamon  投稿日:2017年 7月24日(月)10時08分31秒
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  (現代語)
弥勒よ、汝暫くこの事を思念せよ。一人の者に勧めて法を聴かせる功徳でさえ、この如くである。ましてや、一心に聴き・説き・読誦し、大勢の人々の中でそれぞれに筋道を立てて説き、説の如く修行する者の功徳は言うまでもない。

(要文)
阿逸多、汝且く是れを観ぜよ。一人を勧めて往いて法を聴かしむる功徳此の如し。如何に況や、一心に聴き説き読誦し、しかも大衆に於て人の為に分別し、説の如く修行せんをや。

(要義)
この所は、五品の修行を随喜功徳品の場合にも捨てないことを示しています。一人に勧めて聴かせた功徳がこれ程であるから、一心に聴き、一心に読誦し、そして今度は大勢の者に法華経の意味を説き聞かせるならば、無論広大な功徳である。これは先の初随喜と読誦と説法、それから「説の如く修行する」というのは前に詳しく述べた兼行六度、正行六度を加えて修行すれば無論広大な功徳があるということです。信行の為に他の行を排斥するのではなく、如何に況やと他の善根を加えることを奨励するのは、これ皆一切経に共通していることです。日蓮聖人が「檀戒等の五度を制止して、一向に南無妙法蓮華経と称せしむるを」と言われるのは、寿量品に対する一念信解・初随喜が智慧行に代わる信行であり、初心の者がこれを得ずして他の菩薩行を交えるならば、それは偽善ともいうべきものとなって台無しになるからです。そして観心本尊抄に無量義経の「いまだ六波羅蜜を修行することを得ずといえども、六波羅蜜自然に前に在り」を引用するのは、一念信解・初随喜を得るならば、自ずと六波羅蜜の修行をその身に具えることになるからです。信行が如何に尊いからといって、ただ南無妙法蓮華経と唱えれば良い、他の善行は許さぬというようであれば、それは教えとして非常に弊害のあるものとなります。信行を強く主張して、成る程それが為に罪深き者が信仰に入れることもありますが、それだけでは永久にその人の人格の向上が出来なくなってしまうのです。

 

報恩抄 その14

 投稿者:shamon  投稿日:2017年 7月18日(火)20時28分11秒
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  (弘法大師は)一代の勝劣を判じて云く、「法華経は阿含・方等・般若等に対すれば真実の経なれども、華厳経・大日経に望むれば戯論の法なり。教主釈尊は仏なれども、大日如来に向うれば無明の辺域」

真言宗の宗旨がもたらされたのは、第四十四代・元正天皇の御宇に大日経が、そしてその後に玄昉という僧侶によって大日経の注釈である「義釈」十四巻が渡されたことによります。これらの経釈を御覧になって、法華経よりも大日経の方が尊いような書き方がしてあるのは怪しからぬことであると考えられていた伝教大師は、その後延暦二十三年に留学のため入唐された時に、国清寺の道邃和尚と仏滝寺の行満和尚に就いて、天台大師の書かれた法華経に基づく「止観」の大事な所をお聴きになり、法華経の思想によって定められた円頓の戒法を伝授し、また霊感寺の順暁和尚に会われて真言をも相伝されて、延暦二十四年に日本にお帰りになりました。そして桓武天皇に御奏聞されると、止観の行と真言の行とを、比叡山に於いて一緒に習わすことにしたのです。日蓮聖人によれば、伝教大師が法華と真言の相違を十分にお書きにならなかったのは、比叡山に延暦寺を創立され、殊に法華の円頓戒壇を建てる事業が忙しかったため、そして南都六宗を法華経に統一して日本の仏教全体の僧侶を比叡山で教育するには、寧ろ宗旨の違いなどを論じているよりも総合的な教育機関を完備することを優先したためであろうということです。また弘法大師は伝教大師よりも八年も後に日本に帰られ、伝教大師の存命中には真言宗云々のことは特に言わなかったため、大日経の真言も学科の一つに加えて学ぶことにして置かれたわけです。

しかしながら、伝教大師の真言に対する御意見は全く分からないかというと、そうではありません。伝教大師の「依憑天台集」という著書には、真言であろうが華厳であろうが、他宗の教義は、天台大師が説いた所の法華経の思想に基づいて、似通った解釈を立てたものである、名前を変えたり焼き直しをしたりして、分からないように継ぎ接ぎをしているものであることを、一々証拠を挙げて暴露しています。特に序分には、「新来の真言家は則ち筆授之相承を泯(ほろ)ぼし」とあって、近頃日本に渡ってきた真言は、書き伝えられている所の事柄とは違ったことを言い出していると明白に批判が述べられています。それは、毘盧遮那如来(意訳して大日如来)は、本来は釈迦如来の徳を讃歎したる名であって、大日如来と言っても異名同体である、名前は違ってもそれは釈迦如来のことを指しているのにも拘わらず、それを偽って釈迦如来とは体が違ったもののように思わせ、とうとう終いには釈迦如来は大日如来の履取にも及ばぬというようなことを言い出したからです。今でも大日如来と釈迦如来は違うように思っている無学の者が多く居ますが、それはみな誑かされているのです。それを伝教大師が「筆授の相承を泯(ほろ)ぼし」と一言にして素っ破抜かれたわけです。ところが伝教大師が入滅されると、弘法大師は嵯峨天皇の御帰依を得て真言宗を立てて、段々と勢力を得ます。そこで弘法大師は、法華経は戯論であると言った、法華経は釈尊出世の本懐であり、一切経の真髄であるのに、それを戯言だと論じたのです。その上、釈迦如来を「無明の辺域」、未だ悟りを得ない田舎者だと侮蔑したのです。そうであるのに、「天下第一の大凶なり」と悲憤慷慨の涙を流した日蓮聖人を、「そんなことを言うのは気が狭いからだ」と言って嘲り、自分達は気が広いと言って喜ぶような日本の宗教学者の馬鹿さ加減は一体何処から来るのでしょうか。狭い広いと言っても、事と次第によります。正義というものは、狭い広いというような問題ではありません。日本の国民の思想を、日本の国家の運命を左右するものであることを決して忘れてはならないのです。


 

明解「法華経要義」 随喜功徳品第十八 その2

 投稿者:shamon  投稿日:2017年 7月16日(日)16時32分4秒
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  (現代語)
教えを講じている所に坐している人が、後から来た人に坐って聴くように勧め、或いは座席を分けて坐らせたとしよう。この人の功徳は、生まれ変わった時に、帝釈天の座、梵天王の座、或いは転輪聖王の座を得るものである。

(要文)
もし復人あって講法の処に於て坐せん。更に人の来ること有らんに勧めて坐して聴かしめ、もしは座を分って坐せしめん。此の人の功徳、身を転じて帝釈の坐処、もしは梵天王の坐処、もしは転輪聖王の所坐の処を得ん。

(要義)
ここは、随喜の功徳より少し低い所を説明したものですが、法華経寿量品の話を聞きに来た者が、後から来た人に「まあ貴方も座りなさい」と勧めただけで、或いは自分の席を分けて座らせただけでも、その功徳は広大なものであって、その者が生まれ変わった時には、帝釈天王、梵天王、或いは転輪聖王の位を得ると説かれています。護法の善神である梵天王は色界の主、帝釈天は欲界の主、そして転輪聖王は人中の王ですが、これは世俗の者、仏に成ると言われて喜ばぬ者のために、天に生まれて主となる、人に生まれて王になると称揚したものであって、法華経の真意によれば、その功徳は果報として仏位を得ると解釈されても良いでしょう。

 

報恩抄 その13

 投稿者:shamon  投稿日:2017年 7月10日(月)08時19分6秒
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  「最澄上人は六宗の人々の所立一々に牒を取りて、本経本論並に諸経諸論に指し合わせてせめしかば、一言も答えず、口をして鼻のごとくになりぬ」

聖徳太子以後には、南都六宗といって、華厳・法相・倶舎・成実・三論・律宗の六宗が日本では盛んとなります。聖武天皇によって造られた大仏のある東大寺を始め、奈良には大きな寺が七つありました。そこに非常に秀才なる伝教大師が現れて、法華経を本にして行きさえしたならば、一切の仏教は分裂することなく一つになると結論し、二十三歳の時に桓武天皇に申し上げて、高雄寺において南都六宗を対手に法論をされたのです。そして南都六宗の有力な学者十四人を相手に、一人伝教大師は法華経を拠り所にして論を進め、彼等の主張する教義の一々を論破されました。このことを日蓮聖人は「口をして鼻のごとくになりぬ」、六宗の人は何一つまともに答えることが出来なかった、即ち物を言わぬ有様であったと書かれています。今日の坊さんは、宗教の大事な本尊を論じても駄目、我々の信仰意識を論じても駄目、宗教と道徳、宗教と国家の関係を論じても全く駄目で、しかも我執ばかりは強いですから幾らやられても降参しませんが、その時代の坊さんは中々偉いものでした。桓武天皇の御前では誤魔化すことも出来なかった六宗十四人の学者は「承伏の謝表」という文書を奉って、今までの疑いは伝教大師のお説によって氷の如く解け去りました、如何にも法華経を根本として一切経の統一を図らなければなりませんと、正直に法華経に降伏したのです。そして桓武天皇が奈良から都を遷された京都の丑寅の方、即ち鬼門にあたる比叡山には延暦寺が建てられて、日本中の坊さんは悉く比叡山に上らなければ袈裟を掛けることが出来ないという制度になったわけです。ところが、伝教大師が御入滅になった後に、伝教大師と共に入唐して帰られた弘法大師が真言宗を弘めて次第に勢力を増し、この仏教統一は再び破壊されることになります。そこで弘法大師の罪は非常に重いということが次の節に述べられるのです。

 

明解「法華経要義」 随喜功徳品第十八 その1

 投稿者:shamon  投稿日:2017年 7月 8日(土)14時10分55秒
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  (現代語)
仏は弥勒菩薩に告げました。私は今、汝に明らかに語ろう。あらゆる世界の六道の衆生に願う所の物を悉く施し、また教えを説いて阿羅漢の果報を得さしめた者があるとしよう。その得た所の功徳は、法華経を伝え聞いた五十番目の人の、一偈を聞いて心から喜びを感じる功徳には及ばないのである。

(要文)
仏、弥勒に告げたまわく、我今分明に汝に語る、この人一切の楽具を以て四百万億阿僧祇の世界の六趣の衆生に施し、また阿羅漢果を得せしめん。所得の功徳は是の第五十の人の法華経の一偈を聞いて随喜せん功徳には如かじ。

(要義)
随喜功徳品は、分別功徳品における五品の初随喜について特に説明を加えられたものです。初随喜は一番大切なことですから、寿量品の意味を聞いた者が随喜して人に話し、それを聞いた者がまた随喜して他に話をという風に、展転して第五十番目の者に至って、その最後の者が「嗚呼、有り難い」と僅かな随喜を起こした功徳が如何程であるのかを説いています。それは、四百万億阿僧祇の世界、そこに居る地獄から天上界までの一切の者に欲する所のものを与えて、その上に阿羅漢の悟りを得せしめる広大な功徳にも勝るものなのです。このような経文を読んで、何故に法然や親鸞が法華経は難行と言ったのか底意は分かりませんが、これすらも難行だというような事を言えば、凡そ人間として修行に携わる道は無いことになります。



 

報恩抄 その12

 投稿者:shamon  投稿日:2017年 7月 2日(日)15時36分38秒
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  「用明天皇の御宇に聖徳太子仏法を読み始め、和気の妹子と申す臣下を漢土に遣わして、先生(せんしょう)の所持の一巻の法華経を取り寄せ給いて持経と定め」

次に仏教の日本伝来が述べられます。日本国には人王第三十代欽明天皇の御宇十三年十月十三日に、百済国の王が「真に有り難い教えであるから信心なさったら良かろう」と一切経と釈迦仏の像を貢献して来ました。さて、これをどうするかと色々と議論のある所に、彼の有名な聖徳太子が出られます。最近では、教科書における聖徳太子の表記を改めるかどうかで随分と揉めていましたが、聖徳太子は用明天皇の第二皇子で、小さい時分から学問が出来る実に非凡な方であり、八耳の皇子と言われるが如く、八人の話を一遍に聞き分けたと言われる偉い人として知られています。歳の若い時分から非常な博学で、七歳から学問を始めて、儒教などの本を大抵は読み、そして仏教を学ばれて、前世で所持しておられたという法華経の講釈と維摩経・勝鬘経の講釈を書かれました。この方が「篤く三法を敬え、三法とは儒・仏・神なり」と示されて、日本の文明はここに花が咲いたのです。儒教と仏教と神ながらの教えを日本においては大事にしなければならない、もし将来日本において教えを学ぶ者が、神道を学んだが故に儒教、仏教を敵にするとか、仏教を学んだが故に神ながらの教えを忘れるという者があったならば、それは道を学ぶ者にあらずして道を損する者なり、道を益する者にあらずして道を破る者なりと言われたのです。神道をやれば仏教の悪口を言う、儒教をやれば仏教の悪口を言う、坊主は阿弥陀経をやれば神ながらの道は忘れてしまって、ただ念仏を唱えているようなことでは駄目だ、それは日本の文明を学ばない者であると言う訳です。

ところが明治維新の時には聖徳太子を葬ると同時に、廃仏毀釈と言って仏教を嘲り排斥し、戦後はそれまでの思想が間違っていたから日本は侵略戦争を犯したのだと占領国から一切を否定され、日教組などが道徳教育は価値観を押しつけるものだと強引に反対し続けたがために、日本人は論語も仏教のことも学ばなくなってしまいました。全く儒教も仏教も加わらない以前の文明に戻った所へ、自由主義や社会主義と一緒に欧米の思想が襲ってきたのですから堪ったものではありません。仏教なり儒教なりが日本の文明に加わって、初めて日本の文明は大進歩を為して来ました。それを今日忘れてしまったから、日本の文明は非常な動揺を起こしているのです。思い起こして下さい、中国共産党が宗教を否定し、「文化大革命」によって儒教を排斥し論語を根絶やしにしたために、中国のその後の道徳心や倫理観は一体どのようなものになったのかを。それでも、これまでは国民の道徳は、昔の人ならば教育勅語の例えば「克く忠に克く孝に」という所で踏み止まる力が残っていた、あるいは時代劇が好まれ武道も盛んであったように、武士道を称えるような国民性によって今日の日本の道徳は保たれて来ました。戦後の日本を立て直した偉い人達も皆、論語や仏教の言葉を座右の銘として奮闘してきたのです。しかしながら、今後は一体どうなるか分かりません。そのようなことを考えるならば、欧米の思想を進歩したものだと有り難がるばかりでなく、そしてそれらの思想の善悪を分析する以前に、私たち日本人は儒教でも仏教でも有るたけ文明を復活して、その上で彼等の文明をも吸収しようということでなければなりません。この順序を考えない人は、到底今後の思想界を善導啓発する所の任に堪えない者となります。日本の将来を考えるならば、どうしてもそこに着眼を戻さなければならない時に至っていると思うのです。


 

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