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(現代語)
五百人の阿羅漢は、歓喜して仏の前に到り、自らの過ちを述べました。世尊、譬えば親友の家に行き、酒に酔って寝てしまった者があります。この時、公用のあった親友は彼を起こさず、非常に高価な宝珠をその男の衣の裏に結び付けて出かけたのです。酔い潰れて何も知らぬ男は、目を醒ますと彼方此方を巡って他国に至り、衣食のために仕事を探し求めるも甚だ困窮し、少しでも得るところあればそれで満足する有様でした。その後、偶然に出会った親友は、彼を見てこう嘆いたのです。「何と拙い男であることか、ただ衣食を得るためにこのような有様に至るとは。私は、あの日、君が生活に安らぎを得て、五欲の欲する所も叶うようにと、非常に高価な宝珠を君の衣の裏に結び付けておいたのだ。今もそこに在るではないか。それを知らずに、苦しみ或いは憂い悩みながらもその日暮らしに甘んじるとは、何と君は愚かであろうか。君は今、その宝を求める所へと持って行き、金銭や物に換えるがよい。常に思いの如く暮らし、乏しくすることなかれ」と。
我等もまた、当にその通りであります。世尊は長く煩悩に迷う人々を常に憐れんで教化され、そしてこの上なき誓願を私達に植えておられたのです。
(要文)
世尊、譬えば人あり、親友の家に至って酒に酔うて臥せり。是の時に親友官事の当に行くべきあって、無価の宝珠を以て其の衣の裏に繋け之を与えて去りぬ。其の人酔い臥して、すべて覚知せず。起き已わって遊行し他国に到りぬ。衣食の為の故に勤力求索(つとめぐしゃく)すること甚だ大いに艱難なり。若し少し得る所在れば便ち以て足りぬと為す。後に親友会い遇うて之を見て、是の言を作さく、咄哉(つたなや)、丈夫、何ぞ衣食の為に乃ち是の如くなるに至る。我れ昔汝をして安楽なることを得、五欲に自ら恣(ほしいまま)ならしめんと欲して、某の年日月於いて無価の宝珠を以て汝が衣の裏に繋けぬ。今なお現にあり。而るを汝知らずして、勤苦・憂悩して以て自活を求めること、甚だこれ痴なり。汝今此の宝を以て所須に貿易(むやく)すべし。常に意の如く乏短なる所なかるべしといわんが如し。
我等もまた是の如し。世尊は長夜に於いて、常に愍(あわれ)んで教化せられ、無上の願を種(う)えたまえり。
(要義)
衣裏繋珠の喩です。貧乏な友人が遊びに来て、そして彼は酒に酔って寝てしまいました。その友人を憐れに思った親友は、その友人の衣の裏に貴い珠を繋(か)けて仕事に出かけたのですが、それに気が付かない友人は他国へと流浪を続け、貧しく乞食のように生きてはその日暮らしをする有様でした。美味い物が食いたいと思えば食べられるように、綺麗な服が着たいと思えば着られるように、所謂世間の欲などは望めばすべて満たされるようにと、親友が非常に貴い珠を着物の裏に結びつけておいたにも拘わらず、愚かにも乞食のような生き方をしては苦しみ悩む日々を送っていたのです。しかしながら、その貧しき者も再び親友に遇うことを得て、衣の裏に高価な珠が繋(か)けられていたことに気付かされ、その珠を以て一時に富める者となり、そして幸福を得ることが出来ます。この譬えにおける親友とは釈尊のことであり、そして流浪する貧しき人とは、前の化城品の譬喩にもあった如く、釈迦牟尼仏によって既に法華経を与えられたことを知らず覚らずに、迷いを繰り返して流転している衆生のことです。
釈迦牟尼仏との因縁関係を辿って考えたならば、私達衆生は本来の仏性がある上に、その仏性が顕現するようにと、仏から新たに善き教えが与えられていたのです。その自覚に私達は帰らなければなりません。そして、その時に発した無上菩提への誓願は、何時でも私達を富める者、幸福なる者、立派な者にすることが出来るものなのです。一旦善き教えを与えられていても途中で退転し、貴い珠を持っていても乞食のように生きていることがあります。日本に聖徳太子や伝教大師、そして日蓮聖人が出て、このような結構な教えがあることが説かれたにも拘わらず、浅薄な教えや偏狭な思想に惑わされて詰まらぬ生き方をしているならば、貴い珠を繋(か)けながらも日々貧しい生活をしていた愚かな酔人と同じになりましょう。釈迦牟尼世尊は常に我等を憐れんで教化を垂れて下さり、そして私達も一旦は発心して無上菩提の願を起してやりますという所まで導かれていたのです。それを打ち忘れて、今日また一時発心しては再び忘れてしまうような、そのような過ちを私達は繰り返すべきではありません。
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