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mayaさんへ

 投稿者:自営坊  投稿日:2009年 7月18日(土)22時59分36秒
  真言宗僧侶の自営坊といいます。
>大乗仏教僧侶という感覚しか持ち合わせておりません
非常に頼もしい発言ですね。
何の面識もありませんがいろいろ仏教思想についてお話できれば幸いです。

P.S 管理人様私信に使って申し訳ありません。
 

お節介ではありますが、

 投稿者:端くれ  投稿日:2009年 7月18日(土)09時16分9秒
 編集済
  鈴木さん、私如きがなんですが、基本的なところだけ、

>そして、釈尊滅後において、どの経典が釈尊の教えに近いのか?ということだと思います。

日蓮聖人は、基本的に全ての経典は、全て真言、尊い教えであると申しておられます。細かいとこは、省きますが、時、機根(受取る側)などにより、浅い深い等の違いはありますが、近いとか遠いとかいうことではございません。

そして、当に、鈴木さんが仰っております >日本の仏教はあまりにも宗派が多過ぎます。
は、
日蓮聖人が当初もたれた疑問であり、出発点でもあったのです。そこから尋常ではない修行と研鑽の末、到達したのが、”妙法蓮華経”だったのですね。それは、教主釈尊へ、本来の仏教へ還る(又は纏める)いう、ある意味、単純なことでもあったのです。

そこには小乗も大乗も宗派もありません。唯一つであります。
日蓮聖人はそれを"実乗の一善"とご教授されております。

とういことで >釈尊の教えに一番近いと思い信仰するのが良いと感じます。
と云うお考えも、少し的が外れているものだと考えます。

失礼しました。
 

誤解を与えてしまい、申し訳御座いませんでした。

 投稿者:鈴木  投稿日:2009年 7月17日(金)20時21分33秒
   仏教の開祖は釈尊です。これは、何方も否定はしないと思います。
そして、釈尊滅後において、どの経典が釈尊の教えに近いのか?ということだと思います。
日本の仏教はあまりにも宗派が多過ぎます。

 個人個人が、私の仏教は、釈尊の教えに一番近いと思い信仰するのが良いと感じます。
先生方も、一層精進されることを望みます。

 御教授を有難う御座いました。
 

(無題)

 投稿者:maya  投稿日:2009年 7月17日(金)09時12分29秒
  >真言でありながら法華経を勉強するということは

経典は仏説ですから、真言宗も法華宗もありませんよ。一宗派で独占できるものではないでしょう。
法華経に対する注釈は弘法大師も道元禅師も良寛和尚も書かれていますし…。
それに私、あんまり「真言宗」に属しているという自覚がないようで、大乗仏教僧侶という感覚しか持ち合わせておりません。

ところで選挙ですね。
公明党は都議選でも相変わらずの底堅さを見せました。衆議院選挙でもそれなりの議席は確保すると思いますけれど、もしかしたら自民から民主へ乗り換えるかも知れないですね。その程度の事はやりかねませんが、そうすると本格的に自民・民主どちらも崩して大再編していかなくては、どうしようもなくなりますよね。
 

凱旋帰国ならぬ街宣帰宅(笑)

 投稿者:shamon  投稿日:2009年 7月16日(木)18時30分19秒
 編集済
  麻生総理のお膝元・飯塚と、そして博多駅前・天神で丸一日街宣を打ってきました。夏用と雖も、この蒸し暑さに完全武装の居士衣は結構きついですね。一人では確かに効果は少ないかも知れませんが、日蓮聖人の弟子を意識するならば本来は必ず遣らねばならないことでありましょう。「立正安国論」奏進750年の時に、門下の皆が立ち上がれば、失の一つも免れるのだと思いますが・・。では、門下の皆さんが同じ事を訴えて行動できるように、もう一度!(笑)

>>
仏教の教主が、お釈迦様であるのは世の中の常識です。お釈迦様が説かれた教えが、仏教でございます。これに対して、日蓮聖人の教えを歪曲して洗脳し、「釈迦も釈迦の教えも役に立たない」と教える、噸でもないカルト宗教が創価学会でございます。そして、その創価学会が、国を乗っ取る野望を以て組織したのが「公明党」でございます。

日本国憲法第二十条には「いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。」とあります。政権与党とは、政治権力を行使している政党です。その政権与党に創価学会・公明党は在るのです。創価学会と公明党は別モノであるなどいう屁理屈を鵜呑みにするような、そのような非常識的な人間が一体何処にいると言うのでしょうか。

元公明党委員長の矢野絢也氏は、「創価学会と公明党は『日本占領計画』を着々と実行に移している。池田大作名誉会長による独裁国家の建設だ。私はマインドコントロールにかかって創価学会に操られていた。『池田創価学会』によって、日本の民主主義は、今や危機に瀕している。」と、最近出版した著書にもその真実を暴露しています。

その創価学会に票をチラつかされ、学会票という麻薬に冒されて常識を失い、カルトの創価学会・公明党と組んでこの国を危うくしてきたのが自民党ではないでしょうか。その結果、今や政治や行政のみならず、マスコミも大広告主である創価学会に胡麻を擂っている有様です。日本国の平和と発展を本当に祈るならば、自民党はカルト宗教と手を結んだことを猛省し、そして新たに出直すべき時であるのです。それが、本来の自民党の復活となるはずです。

国民は、自公連立政権にNOを突きつけています。噸でもない宗教と手を組んで、迷走している自民党にNOを突きつけているのです。それが都議会選挙の結果ではないでしょうか。政権維持のためにカルト宗教、創価学会と手を組んだ自民党、日本の未来に理念なき今の自民党には政権を担う資格はありません。

憲法で保障する「宗教の自由」とは、政治権力を画策する新興宗教に対して、それを批判する自由も保障しています。どうか皆さんも、正義の言論を発して下さるように宜しくお願い致します。どうか皆さん、次の衆院選挙では必ず正義の投票を宜しくお願い致します。
>>

PS:

mayaさん 有り難うございます。

真言でありながら法華経を勉強するということは、大変結構なことと思っていますので、議論に巻き込もうなどとの野暮なことは思っておりません。御安心下さい(笑)。まあ私には、法華の初心の方が誤解しないように、法華の教学はこの場で明確にしておく必要がありますので御理解下さい。

鈴木さん

鈴木一生の名を使うのは自由ですが、会話が成り立たない貼り付けを一方的にすることは、掲示板の趣旨に全く反しますので、最新の無意味な連続投稿2件は削除しました。もう少し大人になって下されば、仏教は貴方の人生にとても有意義なものとなりますよ。ちなみに、私shamonは、ダンマパダ等は無論のこと、国訳一切経の阿含部十巻も通読しています。

> 覚王山日泰寺は、曹洞宗が管理しています。
> 私は、釈尊直結のテーラワーダ仏教を信じています。

日泰寺は超宗派で、様々な宗派の管長が交代で住職を務めているそうです。曹洞宗も大乗仏教ですが、曹洞宗が管理しているのは境内北側の僧堂だけです。何度言っても分からない方のようですね。調べればすぐ分かるようなことを、誤って主張すべきではありません。本物の仏舎利が日泰寺に有ろうと無かろうと、そのようなことは問題ではありません。釈尊が、今も心の中に実在して教えを説いているかどうかが問題なのです。

テーラワーダ仏教協会のスマナサーラ長老は、国費で駒澤大学大学院・曹洞宗に学び、そして現在は大乗仏教を鮮烈に批判している方ですね。鈴木さん、余りにも貴方の思考はチグハグ過ぎませんか? 勿論、自分は本来仏なんだと覚るための曹洞宗の「只管打坐」は、釈尊の教えを尊ぶ本物の法華の立場からは批判されます。

テーラワーダ仏教のみを釈尊直結だと信じる信じないは、貴方の自由です。仏教の一般知識を十分に有さない方が、自分の信じているものこそが他より勝っている等と思い、だからこそ自分は他より勝っていると慢心を起こし、他の話を聞こうともせずに、仏教の専門家などを批判するのは創価学会と同じ全く馬鹿げたことなのですね。歴史的な釈尊が説いた仏教の基本が、完全に欠けています。

テーラワーダというのは、初期仏教(釈尊滅後100〜200年)で所謂「阿含経典」のことです。そのくらいの知識は持ち合わせてなければ、他人に迷惑を掛けるのも失礼なことです。真の仏教者は、釈尊在世の教えに近いとされる阿含の教えも、仏教の基本として学び、そしてその教えを信じ深く研究して会通しています。私shamonは釈尊の教えを護るために色々と忙しい身ですので、御忠告をしても無知盲目な連続投稿を繰り返す方には、今後は御遠慮頂きたいと思います。2ちゃんねるへ、どうぞ。
 

(無題)

 投稿者:maya  投稿日:2009年 7月16日(木)11時50分21秒
  shamonさん

まぁあの、鈴木さんに対して私は別に「日蓮教学」でとやかく言うわけではないです。一般的な大乗仏教、とわけ私の信受している大乗の立場からの意見ですから、日蓮教学とはもちろん表現はちがうことになるでしょうけれど、別に喧嘩売ってるわけではないですよ(笑
私個人としては細かい教学的分別は無意味なものが多いと思っていますし、根本はそれほど違うものを指し示してはいないと思いますし。
…なんて、これに関してをて死は別に議論したいとはまったく思っていませんので、ダルマ中心の考え方は大乗仏教のひとつの流れとしてインド以来の伝統としてある…まぁ、ひとつの例として考えて下されば、と思います。

ここで言いたいのは、久遠の釈尊中心にせよダルマ中心にせよ法身仏中心にせよ、いずれに対してもテーラワーダ側の批判は的外れである、ということだけです。
また、こういう「他派・他宗派」の掲示板にわざわざ出向いて、半端な知識の自説を開陳して中傷するような、いらぬ書き込みをすることに対するそのセンスについてモノ申したいだけです。
 

紹介

 投稿者:鈴木  投稿日:2009年 7月16日(木)08時43分41秒
   照智一生(鈴木一生)氏。

1994年9月 スマナサーラ長老等とともに「日本テーラワーダ協会」を設立。
現在は、「日本テーラワーダ協会」から離れ、天台宗の僧侶として活動しています。

「日本テーラワーダ協会」は現在、「日本テーラワーダ仏教協会」と詠んでいます。
 

WARNING! WARNIG!

 投稿者:shamon  投稿日:2009年 7月16日(木)08時42分14秒
 編集済
  鈴木さ〜ん! 何処を向いてしゃべってますかぁ? 相手の話を聞いてしゃべってますかぁ? 自分の得た限られた少ない知識のみで、しゃべってませんかぁ? 思い込みのみでしゃべっていませんかぁ?

> 従って、日本国は大乗仏教ではありますが、釈尊とは縁が深いのです。

日本の他の大乗仏教は他仏を拝んでいますが、法華経は釈尊との久遠の縁を強く説く経典ですよ(笑)。

> 大乗仏教とヒンズー教がほとんど同じような教義だったからではないでしょうか。

大乗仏教はヒンズー教を否定せずに仏教に摂受しようとして、またヒンズー教の影響が強い民衆に取り入ろうとして密教化しました。そのヒンズー的な仏教、仏教に非ずヒンズー的な思想は、当掲示板でも度々批判されていますよ(笑)。

(↑)> 天台宗の僧侶として活動しています。

あのねぇ、天台宗は本来天台法華宗と言って、伝教大師最澄が法華経を以て、天台大師の法華経解釈を以て日本の仏教を統一しようとした宗派ですよ。ですから、今でも一応法華経が根本経典です。ただ、その後真言宗などの密教の影響を受けて、伝教大師のものとは教義が変わってしまったからこそ、日蓮聖人は批判をしているのですね。

初心者が思い込みを防ぐためには、相手の説いていることを読んでから投稿するのが良いですね。そして、まず疑問を持ったら質問形式にするのが良いですね。そうすると、頓珍漢な批判をして相手を困らせることがなくなります。そうすると、相手は親切に教えてくれますよ。掲示板の趣旨を弁えずに自分の言いたいことだけを投稿すると、相手にして貰えなくなりますので注意が必要ですね。

そういえば、ネット上で創価学会の批判な熱心な21世紀さんという方も、同じように「法華経は釈迦は説いていない」と当BBSに繰り返し投稿していましたが、今は居心地が良いのか日蓮正宗の法華講として創価学会批判を繰り返しているようです(笑)。まず真摯に仏教全体を把握するという姿勢がないと、様々なものに惑わされて、その思考や行動はチグハグで理解できないものとなってしまいますね。

mayaさんに

三身即一を説く法華教学は、法身仏中心ではないのです。特に、応身為正として人法一体を主張する顕本法華宗は、釈尊を脇に置いたダルマ(法)中心の教義を批判しています。日蓮聖人は、法身中心の思想を批判し、釈尊の恩を忘れてはならぬとの信仰を強く打ち出されましたが、旧日蓮宗などでは、真言宗や中古天台などの影響を受けて法身中心・ダルマを中心とする思想が強かったからですね。
 

小乗仏教とは大乗仏教側からの蔑称

 投稿者:鈴木  投稿日:2009年 7月16日(木)08時30分42秒
   「偉大な乗り物」・大乗仏教を自称した初期大乗仏教(般若経の論師たち)が当初批判の対象としたのは「説一切有部」という部派で、必ずしも部派仏教全体を批判したわけではなかった。
 又、大乗仏教側が小乗仏教と蔑称したのもかなり後世になってからのことである。

 いずれにしても、大乗仏教はインドでは滅びてしまいました。それは、大乗仏教とヒンズー教がほとんど同じような教義だったからではないでしょうか。
 ヒンズー教の神々が大乗仏教の神になっている例が沢山あります。
 

(無題)

 投稿者:maya  投稿日:2009年 7月16日(木)07時43分8秒
  パーリ語訳聖典は「訳」であって、釈尊の言葉ではないですよ?
ものによっては漢訳より新しい部分もありますし、あれはあくまでも「分別説部」伝承のピタカです。他の部派には他のピタカがありましたし、パーリ訳もそのうちのひとつに過ぎません。
またそれ以前に、法身仏あるいはダルマ中心の大乗仏教の理念からは、パーリあるいは阿含「だけ」を聖典とする必要性はまったくないわけで、それをもってテーラワーダの優越とするのはテーラワーダ内輪の論理であって、大乗には通用しません。

また、「小乗」という用語に関しては「禁止」はされていません。そんなことをする権限は世界仏教者会議にはありませんから。相互交流の席においては自粛しましょう、というレベルです。大乗の立場から批判的に部派系仏教を考える場合、小乗という価値判断的な言葉を使う場合はあり得るでしょう。こういう単語使用に抗議したい立場や気持ちはわかりますが、テーラ側もスマナサーラを筆頭に、大乗に対して慇懃無礼な態度を取りますよね? そっちの方が失礼ではないでしょうかね。気に食わないなら絡まなければいいだけでしょ。
 

小乗仏教とは大乗仏教側からの蔑称

 投稿者:鈴木  投稿日:2009年 7月16日(木)00時43分36秒
   その為、世界仏教者会議では小乗仏教という用語は使用禁止になりました。
1898年、釈尊の仏舎利がインドにおいて、英国人によって発見されました。

 その仏舎利が、タイ王国ラーマ5世より日本国民へ贈られました。その仏舎利は、覚王山日泰寺に
奉られています。

 従って、日本国は大乗仏教ではありますが、釈尊とは縁が深いのです。
タイ、スリランカ等は、釈尊と最も縁が深いです。
 当時の仏教語、パーリ語でお経を挙げています。
 

ひとりごとです

 投稿者:maya  投稿日:2009年 7月15日(水)23時42分50秒
  どっちが「高い」「低い」となると、それぞれの信条もあるでしょうから客観的な判断は無理ですけれど、ここは法華経信仰の掲示板ですから、ここで一々それをくさすのは少なくともマナー違反であることは確かですよね。私は非日蓮宗系ですけれど、ここでそれを前面にして議論しようとは思っていませんし、まして自説を振り回して「布教」しようとは毛頭、考えもしません。
日蓮宗系の方達の大乗の理解と、私の理解、そして鈴木さんの理解はそれぞれ違うとは思いますが、少なくとも大乗仏教には大乗仏教の「筋の通った」理論があります。その立場から考えると、テーラワーダ仏教はちょっと違うなぁ…となりますが、だからと言ってわざわざ呼ばれもしないテーラワーダの人のところに押しかけて「あんたら間違ってるよ」とは言いません。余計なお世話、というものです。

なお、テーラワーダは釈尊直系の派閥というわけではなく、その後に分裂した部派仏教の一派の分別説部の流れにあったと記憶していますので、「自分たちだけが唯一直系、純粋なる正統だ」というのは、一種の神話ですよ。それを客観的に証明できる流れは存在していません。
因みによく「小乗」という言い方をしますが、これは主に部派仏教諸派の中で有力だった説一切有部や経量部に対して用いられたようですので、南方に展開した今のテーラワーダ系の流れは、部派仏教の中でも辺縁の傍系だったのではないでしょうか?
もちろん辺縁の傍系だからダメ、ということではありませんよ。様々な地域で仏法は活きて働きますからね。ただそのうちのひとつだけを取り上げて、手前勝手な理屈で自画自賛して絶対化してしまうと、本来の仏法は死んでしまいますが…。
 

うん?

 投稿者:shamon  投稿日:2009年 7月15日(水)23時15分56秒
 編集済
  鈴木さんという方は、哲学的な理解をする素養は0なのでしょうか? 仏教は哲学的な背景を有する宗教なのですね。だからこそ、かっての顕本法華宗の僧侶は、宗教系大学の宗学科に進まず皆哲学科で学んだものです。言わんとすることを全く理解しようとしないならば、自分が信じるものこそ優れていると執着する創価学会の信者と何も変わりませんね。無益な投稿が繰り返される場合は、時間の無駄を省くために削除も有り得ますので御注意下さい。

テーラワーダ仏教というのは、大乗仏教から批判された所謂小乗仏教そのものを指します。小乗仏教といっても、釈尊の教えを忠実に伝えたかと言えば、そうでないところが多々あります。小乗仏教に固執することは、釈尊の教えの背景にある真意を図っていない、哲学的に低次元であると大乗仏教から批判されたものですね。平和的統一と経済的な発展を遂げた仏教国というのは、皆大乗仏教の国家です。だからこそ小乗仏教を伝統とする仏教界が、近年は大乗仏教とは如何なるものかと、僧侶は如何に社会に働きかけるべきかと言うことを、大変興味を持って学ぶ姿勢を示すようになっているのですね。

大方の他宗と違って、所謂原始仏教の阿含の教え、テーラワーダの教えは生活に即した教えであるとして尊重するのが顕本法華宗のスタンスではありますけれども、小乗仏教の教えが、より深い大乗仏教、法華経の哲学に勝るという見解を持ち出すならば、それは未熟なる思想と言わざるを得ません。阿含の教えを否定することなく、より高い次元を説くのが真の法華経です。もう少し、仏教全体を学ぶ機会を得れれば、鈴木さんのような方も単純なる理屈で偉ぶることも無く、更にステージが上がることと思います。小乗仏教を以て、大乗仏教の哲学を批判しようと思うのは、仏教の歴史からしても相当の無理がありますね。
 

日本テーラワーダ仏教協会

 投稿者:鈴木  投稿日:2009年 7月15日(水)22時39分52秒
   を、御存知でしょうか。釈尊の初期仏教を伝える教会です。
それによると、法華経は釈尊は説いていないとはっきりと述べています。

 テーラワーダ仏教とは、スリランカに伝道されて、釈尊の仏教が延々と伝えられています。
その教えが、日本へも伝えられました。
 それが、日本テーラワーダ仏教協会です。
その協会が教えるところによれば、『法華経』は、釈尊は説いていません。とのことです。
 

法師品第十 その3

 投稿者:shamon  投稿日:2009年 7月15日(水)16時49分38秒
 編集済
  (現代語)

薬王よ、今より汝に告ぐ。我が説いた所の諸の経あれども、これ等の経の中において、法華経は最も第一の教えである。

而も此の経は、如来の在世の時でさえ、恨み憎まれることが多いのだ。況や、入滅の後は尚更であろう。

(要文)

薬王、今汝に告ぐ。我が所説の諸経、而も此の経の中に於いて法華最も第一なり。

而も此の経は如来の現在すら猶お怨嫉多し、況んや滅後の後をや。

(要義)

天台大師が法華文句において「法妙なるが故に人貴し」と述べられているように、法華の行者が貴いのは法華経に説かれた法が勝れているからです。已今当の三説超過と言いますが、法華経は已(すで)に説き今説き当に説かんとする経、即ち法華経以前に説かれた経、法華経と同時に説かれる経、法華経以降に説かんとする所の経を総て挙げて、その一切経の中で第一の最も貴い経であると明瞭に宣言されます。

しかしながら、釈尊が法を説かれた時にも、九横の大難と言って様々な迫害や困難があったように、正しき教えであるが故に反対が起こるのは当然の事と理解せねばなりません。そして、釈尊在世の時でさえ反対があったのですから、まして滅後の世の中が一層に悪くなり、人の心も拗(ねじ)けて来る時には、法華経に反対する者は益々多くなります。日蓮聖人はその反対する所以を「開目抄」に示されていますが、何故に反対するかと言えば、「良薬口に苦し、忠言耳に逆らう」と言うが如く、峻厳に正義が説かれる故に、皆自分の誤っているところを指摘されるが故に、人は思わず腹を立てて敵となってしまうからなのです。
 

さて、エンジン始動です!

 投稿者:shamon  投稿日:2009年 7月15日(水)10時38分24秒
 編集済
  天候の良くなかった北京、ソウルのフライトから帰ってきました。うんざりさん、結構な横槍有り難うございました。

「一切衆生悉有仏性」を説く大乗仏教は、所謂「汎神論」の範疇である宗教ですね。一切衆生は仏性を宿している、仏は一切衆生の精神に遍満して実在すると説きます。

この汎神論が過剰に発展すると、中古天台思想のように、一切衆生は仏の現れであるとか、一切万有は仏そのものの相である等と言って、仏教に非ずもの、人間の向上にも社会の向上にも役に立たない、だから何だってものになってしまいます。

東京都議会選挙は思った通りの結果になりましたが、中選挙区制では創価学会・公明党は相変わらず盤石のようです。カルト宗教創価学会・公明党と手を組んでいるからこそ、自民党は理念もなく迷走し、そして国民から見切られ始めているにも拘わらず、自民党はまだ創価学会の票に縋(すが)り付いて戦おうとしています。

私shamonもいよいよ明日7月16日、「立正安国論」奏進の日から、自公連立政権反対、創価学会・公明党反対、政教分離の遵守を訴えて、今年の街宣活動を開始します。自公連立政権の危機を訴えた平成12年より私shamonは活動してきました。本当に活躍出来たかと言えば多分に疑問ですが、漸くその自公連立政権「終焉の日」を迎えることが出来そうです。

さて、昨日のボクシング世界戦の長谷川穂積選手、今回も1ラウンドで相手をKOしてしまいましたが、インタビューでは「地道な努力が必ず成果になることを、子供達にも是非知って貰いたい」と強調していましたね。私shamonも、肩から手に掛けて痺れが若干残っていますが、1ヶ月の休養を取りましたから、今日から練習を再開です。

日蓮聖人の御遺戒を守って、日蓮聖人のように法華経の行者として奮闘するならば、貴方もきっと「尋常な人間ではない」になれます。ね、同志になりましょう(笑)。
 

久遠釈尊

 投稿者:うんざり  投稿日:2009年 7月12日(日)23時21分35秒
  横槍失礼します。

法華経を含む大乗経典は、己心の釈尊が高位の菩薩に説かれ、仏説であると菩薩たちによって認められ成立してきたものです。そして、歴史上に応現した釈尊とその己心の釈尊が一体であることは、法華学からも何度もこの掲示板でshamonさんが説かれています。

何度言っても哲学的に大事なことを理解しようとせず、小学生のようなことを偉ぶって繰り返す人がいるものですね。まあ、仏教を専門とする人にも、大乗非仏説などと、お馬鹿なことを偉そうに言う方が居りますから仕方がありませんか?
 

再度

 投稿者:鈴木  投稿日:2009年 7月12日(日)20時30分30秒
   法華経を釈尊は説いていません。
それは、法華経の成立年が紀元前後と言われています。
ところが、紀元前後には、釈尊は生きていません。生きていない人物が経典を説くはずがありません。
 従って、法華経の作者は不明なのです。
 

法師品第十 その2

 投稿者:shamon  投稿日:2009年 7月12日(日)12時27分43秒
 編集済
  (現代語)

法華経を読誦する者あらば、当に知るべし。この人は、仏の厳かな美しさを以て自らを飾る者である。即ち、この人は如来の肩に担われることを得る者である。この人が至らんとする、その方角には必ず向かって礼拝をすべきである。

妙法蓮華経をよく受持している者たちは、衆生を憐れむが故に、清らかな浄土を捨てて此処に生まれたのである。当に知らねばならない。このような人は、 生まれんとする所に自在であって、そして敢えてこの悪しき世に生まれ、無上の教えを広く説くのである。

(要文)

其れ法華経を読誦すること有らん者は、当に知るべし。是の人は、仏の荘厳を以て自らを荘厳するなり。則ち如来の肩に荷担せらるることを為ん。其の所至の方には随って向かい礼すべし。

諸の能く妙法蓮華経を受持することあらん者は、清浄の土を捨てて衆を愍むが故に此に生じるなり。当に知るべし是の如き人は 生ぜんと欲する所に自在なれば、能く此の悪世に於いて広く無上の法を説くなり。

(要義)

法華経を読誦し法華経の行者となる者は、その身は凡夫であっても、仏の広大な功徳を以て自らの身を飾る者、仏の荘厳を以て自らの身を飾る者となります。そして恐れ多いことに、そのような法華経の行者を仏様自らが肩に担って、大切にして下さると言われているのです。また、如来の思し召しに従って法華経を持ち且つ宣伝するのですから、そのような法華の行者を見たならば、何れの方に行くにしても、その後ろ姿を礼拝すべきであるとも言われます。法華の行者となる者は、危うき時には私が必ず助けてやる、何も心配することはない、さぁ行って奮闘して来いと、力強き言葉を以て釈尊は常に励まして下さっているのです。

その一方で、法華経を修行するような人は尋常な人間ではない、その中には覚れる者が下って人間と成って、そして法華経を宣伝している者の多いことが明かされます。法華経を弘めるような人は、実は既に覚りも功徳もあり、生まれようと思う所に自由に生まれることが出来る果報を有しているのだと説かれます。迫害を受けても法華経を弘めんとする者は、衆生を憐れむが故に仏に成るのを見合わせ、そして清浄なる国土を捨てて、仏の使いとして悪世の娑婆世界に現れ来た者である。法華経の行者は真に尊い者であると、釈尊は説かれているのです。
 

同じ煽動

 投稿者:shamon  投稿日:2009年 7月10日(金)10時52分42秒
 編集済
  チベット自治の時もそうでした。ウルグアイ自治の時もそうです。中国政府による弾圧を正当化するために、騒動の根元は暴徒化する他民族によるものと宣伝されます。そして、中国政府による弾圧などを報道するメディアは、中国の統一を妨げ、弱体化するための外国勢の策略であると宣伝し、漢民族による他民族への敵意と怒りを煽て挙国一致を図ります。

うーん、創価学会の聖教新聞などの、反逆者やアンチなどへの記事を読んでいるようです(苦笑)。日本もそうならないと良いですね。まあ、権力を有する者が愚かで、それに従う愚かな者が多い場合には、古今東西、どんな小さな世界でも同じことが行われていると思って間違いありません。これ等の迫害を耐え忍び、理想へと打ち克って行くためには、どうしても法華経のような思想を正しく理解し、信仰して行く必要があります。

今回は、煽動された漢民族が逆に暴徒化したようですね。流石に最悪の事態を招かないようにと、政府は慌てて民族の融和を呼びかけているようですが・・・。
 

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