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『ダリとファッション』展鑑賞記 その5

 投稿者:dalist  投稿日:2013年 2月 6日(水)14時18分55秒
  『メイ・ウェストの部屋』は、もちろん『唇ソファー』だけでできているのではありません。 今度は他の要素を見ていくと、まず目に付くのが“鼻暖炉”です。
フィゲラスのダリ美術館の『メイ・ウエストの部屋』の写真を初めて見た時は、鼻もずいぶん幅広になっていて、びっくりしました。 これでは往年の美人スターがだいなしではないか、と気の毒になるほど、元のイメージからはかけ離れてしまってますよね。 でもこのくらいにしないと、薪が入らなかったのかも???
今回の展示では、フィゲラスの形状にそっくりな“鼻暖炉”が据えられていました。 これは『唇ソファー』とは違って、まさか市販はされてないでしょうから、わざわざ作った(作らせた?)のでしょうね。 さわった感じはプラスチックみたいでしたが、これだけのサイズのものを、1点だけ成型するわけにはいかないでしょうから、最近のフィギュアなんかに使われているという、樹脂粘土ででもあるのでしょうか。 それにしても、よく作りましたよねえ。 本当に感心しました(と、えらそうなことをいう)。
暖炉の上には、原画と同様に時計が載せられています。 この時計は、さすがに原画通りではありませんでしたが、けっこういい雰囲気が出ていました(フィゲラスのだって、決して原画通りではないですからね)。

背後の壁には、“眼の額絵”が掛けられていますが、これが肉筆画だったことにもびっくり。
ダリの原画では、印刷写真の目の部分に直接額縁を描き、風景画らしく加筆しているようですが、フィゲラスではその原画(または複製)を、そのまま拡大コピーして額に入れてるようです(『メイ・ウエストの部屋』の写真を初めて見た時、額絵に印刷の網点が写っていたので、そう判断しました)。 だから、ここでも当然そうするものと思っていたら、肉筆での模写ですからねえ。 何か、コピーではマズい理由でもあったのでしょうか。 確かにコピーよりも肉筆画の方が、雰囲気は出そうですけれども。 特に今回は、“立ち入り禁止”と思われるフィゲラスとは違って、自由に立ち入って間近で見ることができるので、コピーでは安っぽくなりすぎるのかも知れませんけれどもね。
ただ、申し訳ないのですが、模写はかなりラフで、よ~く見ると原画とは細部がけっこう違ってました。 だから、どうせ模写るんだったら、印刷の網点まで忠実に模写してくれればすごかったのに(と、好き勝手なことをいう。 でも、abeさまだったらなさりそう?)、と思ったりもしたのですが、でももしかすると、原画通りではこれまた額絵らしくなくてつまらない(?)ので、わざとああいう、いかにも“絵”という描き方にしたのかも知れません。 それでも、目と風景画の二重像には、ちゃんとなってましたから。



今回はここまでにさせていただきます。 そいぢゃ。



PS:
『唇ソファー』に関する情報、ありがとうございました。 53頁の写真には気付きませんでしたが、やはり屋外で使用するものは、布張りではマズイでしょうね。 帰ったら早速、形状とか見てみることにします。



 
 

Mayさんへ

 投稿者:管理人abe  投稿日:2013年 1月27日(日)00時18分3秒
  NYへ戻られたのでしょうか。
私は昨年の10月にNYへ行ったにもかかわらず未だにこのHPにUPしていません。
まあ、慌てないでUPします。

確かにNYはごちゃ混ぜという表現が合ってますね。新旧、人種、老若、職業、貧富、宗教など様々な組み合わせが無数にある感じです。自分を見失って迷子にならないようにしてください。

Mayさんからの情報で知った盛岡のダリ展へ行ってきました。開催終了日前にはその報告をこのHPにUPしたいです。
 

dalistさんへ

 投稿者:管理人abe  投稿日:2013年 1月27日(日)00時00分28秒
  「ダリとファッション」第4弾ありがとうございました。
私も腰掛けてきました。硬い唇では興ざめですね。ただし、本家本元の劇場美術館にあるソファーも硬そうで、粗末な感じに見えます。

ポルト・リガトには2つのソファーがあります。
玄関の間にあるもの(書籍326、49項)は柵の中なので触れませんが、中庭の赤いソファー(書籍326、53項)には腰掛けることができます。
私が行った時は雨上がりで濡れていたので腰掛けませんでした。
赤く艶のあるビニール張りのように見えました。
 

(無題)

 投稿者:May  投稿日:2013年 1月25日(金)18時06分28秒
  abe様、

昨年のNY、楽しい旅行だったと思います。
NYはあんな感じの、なんていうか、ごちゃ混ぜなんですよ。

ダリもそんなのに、精神的に引かれて、NYに居場所を見いだしたのかな?

わたしは、がんばってNYに居ます。

いろいろと頑張らなくては住む意味が無い街なんです。
 

『ダリとファッション』展鑑賞記 その4

 投稿者:dalist  投稿日:2013年 1月21日(月)14時35分0秒
  最後は本展最大の目玉、『メイ・ウェストの部屋』です。


『リップ・ソファ』を手に入れたので、今度はそれを使って『メイ・ウェストの部屋』を再現したい。「手を触れないでください」ではなく、「自由にお座りください」「写真もお撮りください」にしたい。 館長さんにそんな話を伺ったのは、2年前の夏だったでしょうか。 それはすごい! と楽しみにしていたのですが、思いがけない天災で、大幅な計画変更を余儀なくされてしまいました。 でも、ここにこうして実現したのは、慶賀の至りです。


「自由にお座りください」に甘えて、さっそく座らしていただきました。 どんな座り心地なのか、前から楽しみだったからです。 ところがところが、座ってびっくり。 ひえ~、硬い!
なんやこれ、ガチガチのプラスチック成型品やんけ!  こんなもん、ソファーというかッ!!

『唇ソファー』にいくつかのヴァージョンがあることは、前から薄々感じていました。
最初に現物を見たのは、'82年新宿伊勢丹でのダリ展でですが、これはまさに原画の形状そのもの。 もちろんさわれなかったので、感触はわかりませんでしたが、布張りの、いかにもソファーという感じで、薄汚れてはいましたが(失礼!)、色はピンク系でした。 書籍430(MassCulture)の98頁に載っているものや、ダリの自宅にあるもの(書籍326、49頁)、フレディ・ハバードが『キープ・ユア・ソウル』のジャケットで寝そべっているもの(http://www.amazon.co.jp/%E3%82%AD%E3%83%BC%E3%83%97%E3%83%BB%E3%83%A6%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%82%BD%E3%82%A6%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%88%E3%82%A5%E3%82%B2%E3%82%B6%E3%83%BC-%E7%B4%99-%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%89/dp/B000095YIL/ref=sr_1_1?s=music&ie=UTF8&qid=1358745105&sr=1-1)も、これの色違いと思われます。
ところが『全画集』等に載っているもの(全画集552)は、背もたれに当たる上唇の凸部が高くなっていて、明らかに形状が違う感じがします。 布地もサテンになってるのか、光沢が増しています。 書籍221の96頁には、「エドワード・ジェームスは、5つのソファーを注文してロンドンで作らせた(中略)最初の作品は単色であったが、2点目からはやや修正を加え寸法を大きくして、2種類の紅色を用いた」と書かれていますが、そうすると、“色違い”が見当たらないこちらの方が、1点だけ作られたという“変更前”のになるのでしょうか?  大きくしたのは横幅のようなので、変更前のは凸部が目立つのかもしれませんしね。
とりあえず、『全画集』等に載っているものを“タイプA”、新宿で見たものを“タイプB”としましょう(ただし、寸法表記を見てみると、新宿展の図録(書籍306)が 86×182×80cm、『ダリ全集』(書籍210)が 86×192×80cm となっている他は、すべて 92×213×80cm で、寸法の違いと形状の違いとは一致しません)。
フィゲラスのダリ美術館に実現された『メイ・ウエストの部屋』の写真を初めて見た時は、唇があまりに分厚くなっていて、びっくりしました。 表面もテカテカで、まるでビニール製みたい。 でもまさか、ダリがビニールで作るわけはないでしょうから、エナメル仕上げの革張りだろうと思いました。 これは、それまでのとはまったく形状が違いますから、“タイプC”としましょう。 それにしても、なぜ以前のと同形状、同材質にしなかった(できなかった?)のか、不思議ですよね。
『創造する多面体』展で展示されたものも、奥まったところに展示されていたので、触るどころか間近で見ることもできませんでしたが、やはり同じものでしょう。
今回諸橋近代美術館に収蔵されたのも、私は“タイプC”だと思っていました。 だから、それがプラスチックの成型品とわかった時は、フィゲラスにあるのもひょっとしたら成型品? と一瞬思ってしまいました。 フィゲラスのも『創造する多面体』展のと同様、触ったり間近で見たりはできないでしょうから、ソファーだといわれれば、まさか誰も成型品とは思わないでしょうからね(正直私だって、今回座らなかったら、革張りの“タイプC”と信じて疑わなかったでしょう。 まさに“百見は一触にしかず”ですね)。 でも今回の会場で、解説パネルに載っていたフィゲラスの写真と現物とを見比べたところ、唇の縦じわの数が明らかに違っていたので、少なくとも同一ヴァージョンではないことだけは確信できました。 帰宅後、『創造する多面体』展の図録(図書室未整理?)を見たら、材質表記が「合成皮革」となっていたので、やはりこちらは成型品ではなく、一応は普通のソファーと考えられます(でも“合成”ちゅーたら、やっぱ“本革”ではなく、ビニールかどうかは別として、その手の樹脂製つーことになる?)。
いずれにしても今回の展示品は、“タイプC”ではなく、それとは違う“タイプD”と判断せざるを得ません。 これは、諸橋美術館には申し訳ないのですが、量販用の簡易ヴァージョンなのではないでしょうか。

で、“タイプD”の座り心地ですが、クッション性のまったくない成型品の割には、くつろげました。 これは2人掛け用の“ラヴ・ソファー”で、唇の左右の凸部が、ちょうど掛ける位置になります。 来館者が少なかったのをいいことに、フレディの真似をして、ついでに“寝そべり心地”も確かめようかと思ったのですが、さすがにそこまでする勇気はありませんでした。


今回はここまでにさせていただきます。 そいぢゃ。



PS:
ダリの絵に感じる動きのなさについては、いずれ日を改めて、また書くかもしれませんが、今回は省略させていただきます。

 

dalistさんへ

 投稿者:管理人abe  投稿日:2013年 1月11日(金)00時33分10秒
  管理人のabeです。今年も宜しくお願いいたします。

「ダリとファッション」展鑑賞記のカキコありがとうございました。
だいぶ昔になりますが、私が買ったオーデコロンの瓶は鼻口タイプです。

 ”永遠に凍結された無音の世界”とのイメージは私も感じています。「あまりにもリアルな夢のカラー写真なので凍結(静止)されていなければ表現しようがない世界に感じられる」と認識しています。
 このことに類似して感心していることがあります。「ホメロス賛歌」です。この作品は視覚が無い者がイメージする世界を視覚を通して表現したメビウスの輪のような思想に基づいているからです。
 

Mayさんへ

 投稿者:管理人abe  投稿日:2013年 1月11日(金)00時01分0秒
  お久しぶりでした。管理人のabeです。帰国されていたのですね。

盛岡のダリリトグラフ展の情報ありがとうございました。落書きはまさに自由奔放な表現手法なので面白そうですね。
私は昨年の10月にNYへ行ってきました。NYの前にはFLのセントピーターズバーグのダリ美術館へ行きました。
このホームページへのUPはまだ未完了です。PCの環境が変わったためにUPの実験として中途半端なページを「ダリを求めて」にUPしたところです。
なるべく早くNYのMOMAやMetなども含めてUP予定です。

また来てください。
 

『ダリとファッション』展鑑賞記 その3

 投稿者:dalist  投稿日:2013年 1月10日(木)14時22分17秒
  あけましておめでとうございます。 今年もよろしくお願いします。
あいかわらず性懲りもなく、もうとっくに賞味期限が切れたような『ダリとファッション』展の感想を続けます。


最後のコーナーは、インテリア・ファッションと称した家具のデザインです。 家具がファションか? ということには疑問もあるのですが、ものは見ようということで、あまり突っ込まないでおきます。
ダリの家具は、絵画として描かれたものを、作者の了解を得て(?)第3者が実際に作ったもので、今回の展示品もそれになります。 展示品は2点あり、ひとつは『バラの頭部の女性』(全画集570)に描かれている『レダ・チェア』、もうひとつは『部屋として使えるメイ・ウェストの顔』(全画集554)に描かれている『リップ・ソファ』です。

まず『レダ・チェア』は、2007年の『創造する多面体』展で見ており、その時の感想に、「原画の中央の人物も、ダリによって立体化されていますから、両方組み合わせて、原画を立体再現してみては」と書いたのですが、今回の展示は、まさにそれを実現したものでした。
実は、“立体再現”を提案した時には、ひとつだけ懸念があったのです。 それは、原画に描かれているものがすべて立体物として制作されているわけではない、ということ。 つまり、立体物だけでは原画の内容を完全に再現することはできないのです。 この、立体物として制作されていない部分をどうするか? についての具体的な方法は考えていなかったのですが、今回の展示は、それを実にうまく処理してくれていました。
今回の展示では、原画から立体物になっているものを消し去り、立体物がないものだけをそのまま残した複製を、立体物の大きさに合わせたパネルにして、それを“背景”にしていたのです!  原画から特定の部分だけを消し去る、それも空白や黒塗りにするのではなく、ちゃんと背景にするなんて、いったいどうやったのかわかりませんが、かくいう私めも『記憶の固執』に関して、「最近のCGソフトを使えば、後から描かれたものを消去して、背景だけの状態を再現することもできるかも」と書いたりしていたので、やればできるのかもしれませんね(いかに無責任な書き込みだったかがわかるでしょ?)。
もちろん、絵と立体物ではサイズに微妙な違いがあり、両者を重ねて見ても、立体物が絵の場所にぴったり納まるとはいかないのですが、それがかえって、立体物がいかにも絵の中から抜け出してきたような感じがしてよかったです(ものはいいよう?)。 とにかく、これはお見事でした。
ただ、せっかくのお骨折りに水を差すようですが、絵の中の立体物を完全に消し去るのではなく、単に黒く塗りつぶしただけでも、ここに描かれていたものが外に出てきたんだな、ということがはっきりわかって、かえってよかったような気もしたりして?
なお、この絵に関しては、椅子だけでなくテーブルも作られているので、できればそれも収蔵されて、今度は3点セットで展示してくださいね、なんちゃって。


今回はここまでにさせていただきます。 そいぢゃ。
 

ダリ in 盛岡

 投稿者:May  投稿日:2013年 1月 9日(水)11時39分55秒
  abeさま、お久しぶりです。

私用にて盛岡に滞在しております。盛岡の市民ホールにてダリのリトグラフ展の催されておりましたので
見てきました。油彩は一切無しの、いわゆる落書き風作品が多数展示されています。

狂気と正気の境目ですね。



 

『ダリとファッション』展鑑賞記 その2

 投稿者:dalist  投稿日:2012年12月21日(金)14時09分35秒
  最初のコーナーは香りがキーワードということで、コーナーの最後にはダリが手掛けた香水が置かれていました。 ダリの香水については、書籍221の200頁に、「鼻や口や(男性用に)睾丸の形をしたシュルレアリスティックな瓶に入った香水がニューヨークや東京といった大都市で発売され、飛ぶように売れた」とあるのですが、この“男性用に睾丸をデザインしたボトル”というのを、私はまだ見たことがないつーか、どれがそれなのかわからないので知りたいのですが、展示されていた9点の中にはなさそうでしたね。 ちなみにabeさまが買われたオーデコロンは男性用だと思いますが、ボトルはどんな形だったのでしょう。
ところで、ダリが手掛けた化粧品は、香水だけだったのでしょうか。 昨年7月のMayさまの書き込みによれば、ファンデーションもあったらしいですね。 だとすると、“ダリとコスメ”なんていうテーマの展示も考えられそうですが?

次のコーナーは、いかにもファッションという感じの服飾デザインでしたが、見覚えのない作品もあって楽しめたものの、さすがにパネル展示ばかりで、現物を伴わなかったのが残念でした。 その中の『裂け目ドレス』は、1980年のポンピドー・センターでの回顧展の図録の表紙にも使われており、表紙は布装なので、これを参考展示しておけば、少なくともその雰囲気くらいはうかがえたろうと思うのですが。 関連作品として展示されていた油彩画も、セレブ夫人の肖像画はともかく、『ゼウス像』となると、どこが服飾に関係するのか ??? でしたしね。

3番目のコーナーは、ダリ(とは限らないのかもしれませんが)のファッションに潜むエロティシズムに注目したもので、帽子が紹介されていますが、やはりパネル展示に留まっています。 確かに言わんとしていることはわかるのですが、他のコーナーほどには興味をそそられませんでした。 これは、関連作品として展示されているオブジェや版画が、エロティシズムをテーマとしたものではあっても、ファッションとの関連が希薄(?)なことにもよるのかもしれません。


今回はここまでにさせていただきます。 そいぢゃ。



PS:
abeさまがダリの絵に匂いを感じない、といっておられるのは、とても興味深く思います。 abeさまは以前も、味だけでなく、舌触りや歯応えについても考察されていましたが、私はそれを、ただただスゴイと思うだけだからです。 私はダリの絵を見ても、ぜんぜんそんなことには思い至らず、どう感じますか? といわれてさえ、まだピンとは来ません。
逆に、私が個人的にダリの絵で気になっているのは、動きを感じないこと。 軌跡を描くという、いたって古典的な手法を用い、“激しく動いている状態を描いた”と解説される『生きている静物画』ですら、止まっているようにしか見えません。 もうひとつ、音も感じませんね。 “永遠に凍結された無音の世界”というのが、私がダリの絵に感じるイメージなのですが、それについて記すのが本稿の目的ではないので、この件についてはここまでにさせていただきます。


 

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