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> ウタリのひとでキリスト教の教えを受けた方もいるのですね。
歌集「若きウタリに」の著者バチェラー八重子(1884--1962)は
有珠のアイヌコタン(現伊達市有珠)で生まれ育ち、実父の死後
幼少期に洗礼を受けた英国聖公会牧師 John Batchelor の養女となり
キリスト教によって同族アイヌウタリを救おうと生涯努力した人です。
Batchelor 牧師から洗礼を受け、のち聖公会からは離れたがウタリへの布教に
つとめたアイヌの牧師に、静内新生協会を建てた江賀寅三さん(故人)も
いました。
> 一部の理性ある信仰者以外は排他的です。大本で宗際化と
> 言うことも言いますが、現実はなかなか難しい
そうでしょう。大本に私が共感できた部分は「排他的でない」事です。
わからないところは:大本は元来、日本の伝統的な「神」の考え方、
人やもの(自然)のすべてに神が宿るとする「やほよろずの神」から
始まった、と思っていたが、このごろ Unu Dio と 言いますね。
ユダヤ教、キリスト教、イスラムなど一神教では、自分の神だけが本物で、
ほかは「にせもの」になるでしょう。大本の Unu Dio はほかの宗教の「神」と
どう調和できるのか。大本の場合、Diaj Vojsignoj には
La dikoncepto de Oomoto posedas ecojn de c^iuj tri konceptoj(=monoteismo,
politeismo, panteismo) kaj en si entutigas ilin c^iujn.
とありますが これで 常識的には全然ちがう三つの宗教観念が調和
(統合?共存?)すると説いていますね。そのあとを読むと かって仏教と
日本古来の宗教の調和を図るのに使われた「本地垂じゃく」に似た説明ですが、
こんな説明も日本的手法でしょうか。合理主義の考えでは理解しにくい、と感じます。
> 国際というのは結局、人間の交流
との お考えには 全く同感です。エスペラントで交流を進めましょう。
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