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HOSXIDAさん、記。
(引用開始)
大本の場合、Diaj Vojsignoj には
La dikoncepto de Oomoto posedas ecojn de c^iuj tri konceptoj(=monoteismo,
politeismo, panteismo) kaj en si entutigas ilin c^iujn.
とありますが これで 常識的には全然ちがう三つの宗教観念が調和
(統合?共存?)すると説いていますね。そのあとを読むと かって仏教と
日本古来の宗教の調和を図るのに使われた「本地垂じゃく」に似た説明ですが、
こんな説明も日本的手法でしょうか。合理主義の考えでは理解しにくい、と感じます。
(引用終わり)
akvoです。
私も「合理主義の考えでは理解しにくい」というHOSXIDAさんの意見と同意見です。
宗教というのは要するに教義です。そうして教義というのは交流不可能なもの、と私は感じています。
人間が人間として感じる常識的な、人間だから通じ合える何か(友情とか愛情とか親切とか)で交流するのが
国際であり、ホマラニスモなのではないでしょうか。
私もポーランドに12年住んでいますが、その間、大本信徒から同じ信者としてヘルプを受けたことはありません。
当然、私の神や人間に対する考え方にも、大本信徒との間で違いが生まれて来ます。
私は、例え亀岡の聖地に帰ったとしても、同じ信者としての交流はできないと思っています。
多分、異国の知らないひとが来た、と思われるのでしょう。
また、それは当然なことなのかも知れません。
akvo 拝
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