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丁寧に、私の文章を添削下さり、有難うございます。
残念ながら、私は原文を持っていません。
去年の11月ごろ、日本語訳の『ザメンホフ通り』を読んで、急いで感想文を書きました。というのも
ドブジンスキーさんが12月に亀岡の大本に行くというので、それまでに書く必要がありました。
『ザメンホフ通り』は日本語訳を読むだけでもなかなか時間のかかる大著でした。それに比べて私は毎日仕事に
忙しく、日本語訳を読むのもままならないものでした。ましてや原文を読むなど思いもよりませんでした。
ドブジンスキー、ザレスキーザメンホフの名前の綴りは、あとで女房が直してくれましたから、失礼は起こりません
でした。女房はポーランド人ですから、原文を見ないでもポーランド人の名前を綴るのは、問題がなかったからです。
私は自分のできることと、できないことの違いは分かっています。もしドブジンスキーさんが『ザメンホフ通り』の
日本語訳と原文を読んで感想を書くように、と要請していたら、単純に断っていました。
ただ、今回この『ザメンホフ通り』の感想文のことでHOSXIDAさんとやりとりをして、大変勉強になりました。
私は朝の4時に起床して4時半に家を出て、仕事が終わり、家に帰るのは夜6時半から7時です。それで夕食を
食べて一息したら、もう8時ぐらいから眠くなり、遅くても9時前には眠ってしまいます。ドブジンスキーさんの
申し出を受けた私が馬鹿なだけだったのかも知れません。
まあ、それでもひょうたんから駒で、今回のことをHOSXIDAさんとやりとりすることで、予想以上に自分が
エスペラントを理解していないことが分かり、それは大きな収穫でした。原文参照というのは確かに大事なことは
今回、理解しました。それは今後胆に命じて覚えていたいと思います。
まあ、元はと言えば、日本語訳の『ザメンホフ通り』を読んで、エスペラントの感想文が書ける、と思った自分の
思い上がりもあります。女房も私の文章を直す仕事を半ば強制されて、迷惑な話だったでしょう。しかしこの失敗は
次へのよりよい実りへと繋がるのだと思います。私の人生はその連続でした。
HOSXIDAさんも、私のような愚か者の相手を根気よく指導してくださり、有難うございます。
原文参照を忘れないようにしたいと、思います。
ご指導、お相手を、有難うございました。
(にっこり)。
akvo 拝
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