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  1. 足あと帳(8)
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Re: お話会

 投稿者:はる  投稿日:2017年 5月26日(金)11時59分38秒 p508002-ipngn1302niigatani.niigata.ocn.ne.jp
返信・引用
  > No.314[元記事へ]

になちゃんのねぇーちゃん様。

> 東京でお話会をやってない頂けないでしょうか?

東京や県外に供養に行っていても日帰りで新潟に戻ることが多く、
あまりゆっくりとした時間が取れず開催しておりませんでした。

お問合せに応え、6月10日の土曜日、お話会致します。
宜しければいらしてください。
 
 

愛しの桃太郎

 投稿者:愛桃  投稿日:2017年 3月 7日(火)12時36分31秒 58-188-101-217f2.kns1.eonet.ne.jp
返信・引用
  はじめまて投稿させていただきます。
私は、2週間前に飼っていたウサギさん(ネザーランドドワーフ)の「桃太郎」が
天国へ逝くのを看取りました。5歳と2ヶ月でした。病名は「急性胃拡張」でした。

亡くなる1日前までは、ほんとに元気でたくさん食べて遊んでいたのに
調子がおかしくなった晩に忙しくて、病院へ連れていくことが出来ず
次の日の朝病院へ連れて行ったときにはもう手遅れでした。
先生からは「運がよければ助かりますよ」と言われました。

そして、その日は会社を休んでずっと、「桃太郎」の様子をみながらそばで
看病しました。その時は、絶対助かると願い続けて、「桃太郎」が死んでしまうなど
夢にも思いませんでした。でも、夜9時50分に天国へ旅立ってしまいました。
旅立つ前にうずくまっていた顔を上げて、私のほうをじっと見つめて「ウー、ウー」と
鳴きました。この時、初めて「桃太郎」の鳴く声を聴きました。
そして、静かに私の腕の中で安らかな眠りにつきました。

その時の私は、大声で泣きさけびあまりの辛さに、その夜は一睡もできませんでした。
しばらく食欲もなく、夜も眠れずずっと泣いていました。後悔と自責の念にとらわれて
愛する者との別れがこんなに辛いなんて、想像していた以上です。今もペットロス状態が
続いています。そんな時に、横田晴正僧侶様の本に出会いました。本を読んでほんとに
心が救われました。このような素晴らしい本に出会えたことに心より感謝しています。
仏様になった「桃太郎」の導きだと思います。

次の日に両親とともに近くの斎場で「桃太郎」を火葬していただき、生まれ故郷である
「静岡」のお寺に納骨していただきました。
「桃太郎」が火葬されたあと見上げた空には、綺麗な「彩雲」が広がっていました。
きっと、無事に天国へ着いたとのお知らせだったのかなぁと思います。

「桃太郎」と私の出会いは、5年前父と立ち寄ったペットショップで、ゲージの中で
元気に飛び回っている一匹のウサギさんと目があった瞬間、気がついたら家に連れて
帰っていました。
その頃の私は、自己受容のとても低い劣等感のかたまりで人の悪口や愚痴、泣き言、
不平不満の絶えない人で、そのため不眠症で心療内科へ通ったり、突然右手が
グローブのように腫れて動かなくなり、会社を休職していました。

でも、「桃太郎」との出会いが、私を幸せになるための道へ導いてくれました。

「桃太郎」と出会った年に、斎藤一人さんや小林正観さんの本に出会い、心の修行を
始めました。言葉には魂がある「言霊」という言葉を知り、言葉の大切さを学ぶことが
できました。その日から、ずっと愛のある言葉、人の氣持ちを幸せにできる言葉を
話し続けています。

「桃太郎」は、ほんとに人懐こくて、私が呼ぶと、どこに隠れていても
すぐに飛んできて、ひざの上に載ってきました。抱っこされるのが大好きで私の
たわいないお話をいつもつぶらな瞳で聴いてくれいました。
私がうたう歌「うさぎ」のわらべ歌が大好きで、いつも寝そべって聴いてくれました。
表情がとても豊かな宇宙一可愛いウサギさんでした。
毎日、「もも、愛してるよ。私のところに来てくれてありがとう。感謝してるよ。」って
声掛けしていました。いっぱい、言葉で伝えたつもりでしたが、亡くなってしまったあと
もっと言葉で伝えてあげればよかったと後悔の氣持ちに押しつぶされそうになりました。
今もその状態が続いています。
今でも毎日、「桃太郎」に手を合わせて「ありがとう」を言っています。

こちらに投稿されている皆様も同じだと思いますが、ペットを亡くして一番つらいのは
頭を撫でてあげたり、抱っこしてあげたり、触れ合うことができないことだと思います。
そんな時、わたしはいつも空を見上げて、ウサギの形をした雲を探します。
小林正観さんの本に、「人の目にふれる動物や植物、ペットは霊格がとても高いので
亡くなったらお空の雲になって2年間過ごすそうです。(たまに犬の形や猫の形をした
雲をみかけますよね。あれは、飼っていたペットが飼い主さんにみつけてもらいたくて
その形になるそうです)。そして2年たったら今度は人間に生まれ変わって、飼い主さんを
助けに現れるそうです。たとえば、事故に合いそうになったら助けてくれたり。。。」
このことを知ってからは、悲しいときは空を見上げて「桃太郎」に話しかけています。
横田晴正僧侶様の本の中にも、また姿を変えて会いにきてくれるとありましたね。

今はまだまだ辛いですが、しっかりとこの悲しみと向き合いいつの日か「桃太郎と
出会えてよかった」と思える日がくることを心から願っています。
少し前から、「桃太郎のフォトブック」を作り始めました。一緒に過ごした大切な宝物の
日々を綴っていこうと思っています。いつまでも、「ありがとう」と「感謝の氣持ち」を
忘れないために。

「桃太郎」の死は私にたくさんの学びをくれました。
愛する人との別れはある日突然やってくるかもしれません。その時に後悔しないように
愛する人に、言葉に出して「ありがとう。感謝してます。愛してます」をいっぱい伝えて
いかないといけないということを教えてくれました。
そして、いつかまた「桃太郎」と出会える日まで、笑顔で日々を楽しく「日美笑進」して
生きたいです。愛するペットを亡くされた皆様の心がいつの日か癒されて、笑顔で幸せに
過ごせる日が来ることを心より願っています。
そして、この素晴らしい掲示板を作ってくださった横田晴正僧侶様とすべての投稿者の
みなさまに心より感謝しています。ありがとうございます。

最後に。。。

桃太郎、元気にしていますか。
桃太郎と過ごした、5年2ヶ月は
ほんとに幸せで楽しい日々でした。
私に逢いに今世生まれて来てくれてありがとう。
いっぱい、いっぱい感謝しているよ。
これからは仏様となって
いつも私の心の中で一緒だよ。
桃太郎のことを思って会いたくて
きっとこれからも泣いちゃうと思うけど
それは「ありがとう」の感謝の涙だよ。
これからもずっとずっと愛してるよ。
これからもずっとずっと一緒だよ。
 

お話会

 投稿者:になちゃんのねぇーちゃん  投稿日:2017年 2月 1日(水)15時29分6秒 KD182251248040.au-net.ne.jp
返信・引用
  東京でお話会をやってない頂けないでしょうか?  

ぺっとのおはなし

 投稿者:kay  投稿日:2016年10月12日(水)12時17分18秒 j106185185059.nct9.ne.jp
返信・引用
  きょうテレビ見ました。実に一年ぶりの実家でのことです。三年以上前犬をなくしさみしい、苦しい、罪悪感でいっぱいです。本を買っていくつもりです。少し楽になるのかなあ。  

3ヶ月と6日しか生きれなかった小さな生命

 投稿者:6にゃん母  投稿日:2016年10月 3日(月)08時42分49秒 FL1-110-233-29-35.myg.mesh.ad.jp
返信・引用 編集済
  まーくんは6匹兄弟の中で1番身体が小さく我が家に来た時は自力でミルクも飲めませんでした

今年の5月27日
知人から「生まれたばっかりの子猫6匹を壁の間から救出したんだけど母猫が迎えに来なくてミルクも飲めてない状態で・・・どうしよう!」と連絡を受けました
生後3日の子猫の兄弟6匹
引き取ることにし、すぐにミルクを買いに行きその後で子猫を引き取りに行きました
子猫の育児の経験はまったくありません
「とにかく小さな生命を救いたい」その一心でした
兄弟猫の中でもまーくんは特に身体が小さく鳴き声も弱々しい子でした
自力でミルクを飲めず動物病院の先生に相談し胃にチューブを入れてもらいシリンジでミルクを流し込んで貰いました
その2時間後のミルクの時には「ボク生きたいよ」そう言っているように自力でミルクを飲み始めました
兄弟達よりは体も小さくミルクを飲む量も少ないものの順調に体重が増えて兄弟達と走り回れるぐらいまでになりました
離乳食を食べ始めるのもどの子よりも遅く心配しました
我が家は5匹のにゃんこを飼っていました
子猫達まで飼えないので里親さんを探す事にしました
1匹・・・また1匹・・・と里親さんがみつかり貰われて行き、まーくんも無事に里親さんがみつかりました
地下鉄に乗り里親さんのお宅にまーくんを届けに行きました
先住猫ちゃんも1匹いて飼い主さんもとても優しそうな方で「よかった」と安堵しました

まーくんを里親さんの元に届けて2週間・・・
8月30日・・・
まーくんは突然、虹の橋へと旅立ってしまいました・・・
知らせを受けた電話の時は何が起きたのかわからず目の前が真っ白になりました
電話を切ってから後悔と涙がとめどなく押し寄せました
たった3ヶ月と6日しか生きられなかったまーくん
あの時、里親に出さなければこうならなかった?
どうして死んじゃったの?どうして??
まだ3ヶ月と6日しか生きてないよ?
早すぎだよ・・・
泣いても泣いても涙が止まりませんでした

まーくんが亡くなってから1ヶ月ちょっとが経ちました
まーくんは幸せだったかな?
まーくんを里子に出したのは間違いだったのか?
いまだに後悔でいっぱいです

まーくんが亡くなってからまだ里親さんが見つからず残っていたまーくんの兄弟猫を我が家で飼うことにしました
まーくんの分も長く元気に長生きできるように大切に大切に育てたいと思っています
まーくん
貴方に出逢えて、育児をさせて貰ってとてもとても幸せでした!
まーくんありがとう!!
またいつか会おうね
まーくん大好きだよ!!
 

小夏、ごめんね

 投稿者:ゆうこ  投稿日:2016年10月 3日(月)01時30分56秒 M106072149032.v4.enabler.ne.jp
返信・引用
  小夏はうちの玄関に来た野良猫です。茶白の女の子です。私は、6年ほど前から地域猫のボランティアをしています。その頃来た猫です。ここ一年は、他の猫が来るのが嫌で、ほんの近くのお寿司屋さんのところにいて、カリカリをもらっていました。今日の朝、寿司屋の前で冷たくな
っていたそうです。あとで聞いて、もう収集されたあとで、会うことができませんでした。悲しいです。一昨日、道に座っていましたが、声をかけようとしたら、男の人が何度もうろうろしていて、声をかけませんでした。なんか怖い表情で、不審な感じでした。もしかしたら、なんて今、思っています。あれが最後になるなんて。声をかけたら良かったと悔しいです。どうして死んだのかわかりません。もう一匹小夏と一緒にいた黒白の八も、1ヶ月前に死んだそうです。二匹とも前はウチにご飯を食べに来ていましたが、最近は来ませんでした。八は夏頃見かけた時、すごくやせていたので、具合が悪かったと思います。二匹とも触らせないので、病院に連れて行くことはできなかったと思います。野良ちゃんは本当にかわいそうです。
不審者だったかもしれないと思うと小夏を助けられなかったことがつらいです。だから野良猫を減らすために捕獲して不妊去勢手術をしています。びくびくしながら餌やりをしています。小夏、八、なつ、ピッチ、ブライトまだまだたくさんの野良猫ちゃんたちに会いたいです。ウチで死んでくれた子は最後がわかるけど、来なくなった子達のことはずっと心に重くのしかかって、つらいです。みんなごめんね。小夏、さよならできなくてごめんね。供養してあげたいけど、どうすればいいですか?


 
 

大好きなそら

 投稿者:まり  投稿日:2016年 6月26日(日)11時36分58秒 pw126152080116.10.panda-world.ne.jp
返信・引用
  横田様

初めて投稿させて頂きます。

5月17日、私の大切な大切なうさぎのそらが天国へと旅立ちました。

私とは7年一緒に暮し、9才を終える頃でした。
そらは、始めは姉家族に飼われていたのですが、姉達が旅行に行くから預かって欲しいとのことで預かったのですが、それはそれは可愛く、姉達が戻っても、あと1日、あと1週間一緒にいさせて、とお願いして、最終的には私が飼う事になりました。
その頃、姉達はわんちゃんも飼い始めており、そらにまで時間をかけられず、そらは淋しい思いをしていたのだと思います。とっても淋しがりやなので。そらは、私の部屋以外では、ご飯もお水さえも飲まなくなってしまう子なのに、始めて私の所に来た時は、本当にリラックスしており、私に身を委ねて来ました。
今思うと、そらが私を見付け出して、私の所に来てくれたのだと思えてなりません。
私を舐めて、私に懐いているそらを見て、姉はこんな事するんだとよく驚いておりました。

うさぎさんを飼った事が無い方はわからないかもしれませんが、うさぎさんも、本当に感情も愛情も豊かなんですよ。

私は1人暮らしですが、そらが来てからは、1人と思った事がありませんし、常にお互いを見つめあって生きて来ました。
本当に幸せな時間でした。

一緒に暮らした7年間、季節の変わり目や気圧の変化に弱く、女の子なので子宮系の病気にもなり、病院に行く事もとても多かったです。
でもその度に、私が守ってあげると、この子は私が守らなきゃと、私の手の温もりで病気を治してあげたいと本気で思っていました。

9才を迎える頃から、腰が弱くなり始め、今まで出来ていたことが出来なくなり始めました。

そして、今年の2月、冬であるのに、たまたま暑い日があり、これでは暑過ぎるだろうと、夜のコタツの電気を消して過ごしてしまいました。
その翌日から一気に体調が悪くなり、点滴を打っても全く体調が戻らなくなってしまいました。うさぎは数日餌を食べなくても命取りになると言われておりましたので、先生からも覚悟するように言われました。
それでも、私はそらに、私から離れたりしないで、と泣き叫ぶような毎日を過ごしました。
1週間点滴のみの生活が続いた後、奇跡のように自分から草やペレットを食べ出した時、本当に奇跡だと思いましたし、そらは私を残して行けないと本当に思ってくれたんだと思いました。

それからも点滴、朝晩の薬、とそらの苦しい闘病生活は続きました。
そらの頑張っている姿を見て、そらに生きて欲しいのは、一緒にいたいという私のエゴだけなんしゃやないか、と、そらは辛いだけなんじゃないかと悩んだ事もありました。
でも、病院の先生に、薬の力だけじゃないですよ、そらちゃんがいきたいと思って頑張っているから生きてるんですよ、と言われ、病院で号泣してしまいました。

それから、体調も少しは落ち着き始めた頃、父が怪我で体調を崩し緊急入院となった時、そらも急に体調を崩し、そのまま天国へ旅立ってしまいました。
前日まで沢山食べていたのに。
これからまた穏やかな生活を過ごせると思っていたのに。
父の入院でばたばたしている中、身を引くように逝ってしまいました。

そらは、私達を気遣う本当に優しい子だったのです。。

ああしていれば、そらはもっと生きれたかもしれないと後悔ばかりですが、それでも、そらを私の腕の中で看取れたのは、たったひとつの救いです。
淋しがりのそらなので、私の中で、怖くないよ、大丈夫だよ、と言ってあげられて、本当に良かったです。

そらを亡くし、悲しみのどん底にいる時に、こちらのHPに出会いました。
全て一字一句漏らさず読ませて頂きました。
子供のように、声をあげて泣いた時もあります。
横田さんの言葉に本当に救われました。
そらがここへ導いてくれたんだと思いました。
そらが、私を好きだったと伝えてくれたんだと思えました。。

そらは、私の為に、あんな小さな身体で、本当に一生懸命生きてくれました。
今は、感謝の気持ちでいっぱいです。

ひとりになってしまったと思っていましたが、
一緒に暮らした7年間が消える訳ではなく、これからも私はそらを想い、そらは私の中にいるんですよね。

私はそらと暮らし始めた時から、そらとの別れを恐怖に思っていました。
だけど、亡くなった今、そらと私はもう別れる事のない、永遠になったんだと思えます。

今はまだ、そらの身体全てを撫でてあげたい、温もりを感じたい、あの瞳で見つめて欲しいと願ってしまいます。
でもこの涙は愛情だと、共に暮らした幸せがあったから、これだけ悲しいのだ、と思い、悲しみを受け止めていきたいとお思います。

そう思えるようになったのも、横田さんのお言葉のお陰です。
本当にありがとうございました。

横田さんにそらの事を聞いて頂きたく、投稿させて頂きました。
かなりの長文失礼致しました。


ラブちゃんとあちらで仲良くなれているといいなと思います。
元気に過ごしていて欲しいです。
ありがとうございました。
 

もう一度書かせてください

 投稿者:なつ  投稿日:2016年 6月13日(月)12時50分11秒 KD111105012029.ppp-bb.dion.ne.jp
返信・引用
  横田さん こんにちは。

去年の7月21日の暑い日に16歳でお別れした愛犬のことを、こちらに書かせていただきました。
つらいとき 苦しいとき 何度も読み返しています。

パグの男の子のフクという名前です。

あの日から1年がたとうとしています。
フクのケージがあった場所には家具が置かれています。
何とも言えない思いをいつも抱えています。

好きだった写真を何度も眺めては、一緒に暮らした日々を思いだします。
もう会えないのはわかっているのに、どうしても会いたくてどうにかしたくなります。

年頃の娘と娘の喧嘩や、夫婦での喧嘩、そして つらいとき いつもそばにいてくれたことが、何よりも家族の 私の癒しだったんだと思うのです。

大きな喧嘩も生前はしてきましたが、いつもなごんでいたようにおもうのです。
パグのキャラだけあって、本当どんなに家族と家族の橋渡しをしていたことを痛感して、今の主人との関係や娘との関係など、、、フクがいてくれたらなぁ~頑張れるのに、、、なんて勝手なことばかり。

主人や娘ももちろん寂しく悲しい思いをしていると思います。
でも でも いつまでたっても涙がとまらずに、紛らわそうと始めた趣味に主人や娘にもう少し家のことしてよ、、、と思われるほどのめりこんでしまいます。

全部フクのせいにしてはいけませんね。
なんでもっと大切なじかんを過ごさなかったんだろ。
私は心から笑えることってあるんでしょうか?

果てしなく続くトンネルの中を歩いているようで苦しくてたまりません。
一層のこと会いに行きたくなる自分がいます。
 

横田様

 投稿者:くるみ  投稿日:2016年 5月11日(水)13時38分57秒 112-68-124-188f1.osk3.eonet.ne.jp
返信・引用
  2014年末、ミニチュアダックスフントのシューを亡くし
こちらの掲示板にすがる思いで投稿した者です。

やり場のない悲しみと自分の行いに対する後悔とに
押しつぶされそうになりながらつづった思いの数々。
横田様はこんがらがった私の思いをほどいて下さいました。
その時頂いた返信は私の宝物です。

シューを喪った後、残された弟分のショーンの闘病が続いていました。
シューよりも先に癌を患い、何度も手術に耐え約4年もの間、癌と闘ってくれました。
その子を今朝天に送りました。

このところ日に日に弱り、10キロもあった体重がみるみる7キロ台に落ち込んで
食べる喜びもなくなり、ただ痛みに耐え泣いている日々でした。

シューを安楽死という形で看取ったことが心の中にひっかかっており
ショーンは自然死で看取ろうと決意していたにもかかわらず
痛がって苦しみ一日中泣いている子を見ていて
こんな状態で生きながらえることが幸せなんだろうかと何度も考え
結局、安楽死を選んでしまいました。

今、私の傍で穏やかな顔をしてすやすやと眠っているような亡骸を見て
ああ・・・楽にしてあげられてよかったんだと思う気持ちと
私が見ているのがつらかっただけなんじゃないか、
命を全うさせてあげるべきだったという気持ちが交錯しています。

目の中に入れても痛くないほど愛しい息子です。
今もまだ死を受け入れきれていない自分がいます。

この子をもうこの腕に抱くことができないなんて
名前を呼んでも飛んできてくれないなんて
現実として受け止められないのです。

先生、私の愛したこの子達は
私が死んだら会いにきてくれるでしょうか。
私を迎えに来てくれるでしょうか。

だとしたら、死ぬことなんて少しも怖くないと思えるのです。

またきっと会えると思えたなら、これから先も何とか頑張れそうな気がするのです。
 

はる様

 投稿者:なみ  投稿日:2016年 4月 6日(水)09時02分42秒 softbank126122064192.bbtec.net
返信・引用
  先日はお忙しい中、お返事いただきありがとうございました。
優しい言葉の数々、心にしみて また違う涙を流すことができました。
愛猫の最期を詳しく話せる場などなかなか無く、
こんなにも優しく、理解してくださる方がいらっしゃることに、感謝いたします。
本当にありがとうございました。


 

なみ様へ。 Re: チコ (チーちゃん)のこと 

 投稿者:はる  投稿日:2016年 4月 5日(火)10時22分18秒 p1205-ipngn1301niigatani.niigata.ocn.ne.jp
返信・引用
  > No.302[元記事へ]

なみ様。

はじめまして。
まずは、チコちゃんのご冥福をお祈りいたします。
また、本を読んでくださいまして、ありがとうございます。


> 20年一緒に暮らした愛猫チコ(チーちゃん)が、3月4日に旅立ちました。
> 生前、「抱っこしたまま一緒に召されるといいのに」と思っていたほど、愛おしい子でした。

20年とは、長い年月をよく寄り添ってくれましたね。
お互いに寄り添ってきたことでしょうから、愛おしいことですよね。


> 他の理由で仕事を辞めたこともあり、最期の4ヶ月ほどは、ゆっくり一緒に過ごせました。
> 亡くなる前の3日間は、片時も離れず過ごせました。

治療を止める決断も勇気のいることで、チコちゃんの為を想って決意されたことでしょう。
人生とは不思議なもので、最後の時をゆっくりと過ごせるように、
他の理由となって、共に過ごせるように取り計らってくれているのでしょうね。


> 私もあの子自身も、確実にそのときが近づいているのを感じていました。
> でも日に日に弱っていく姿を見るのは、本当につらかったです。
> ”この姿が、この柔らかな温もりが、もうすぐなくなるなんて…!”

愛しくて、切なくて、涙が止まらなくなりましょう。


> 力なく横たわるだけのあの子の前で、わたしがぼろぼろ泣いていると、
> なんとかがんばって立ち上がろうとしました。

チコちゃんは偉い子ですね。
泣き止むように、心配かけまいとしていたのでしょうね。
心の優しい強い子ですね。


> 何度か峠を越えるあの子に、ようやく私が覚悟を決め、
> 怖くて言ってあげられなかった言葉を言いました。
> 「私がんばるからね。チーちゃんはもう楽になってもいいよ。
>  本当によくがんばったね。本当に今までありがとうね。」
> そう伝えてからしばらくして、息をひきとりました。

まさか、こんなことになるとは思ってもいなかったことでしょうけど、
心の声が聞こえたのですよ。
チコちゃんのもう限界だよ!という声が心に伝わったのでしょうね。

愛しているのに、愛してやまないのに、
もういいよ!っていうのですから、この言葉は不思議な愛の言葉ですよ。

お互いに頑張り抜いて、お互いに心を受止めたのですね。


> 横田様の本を読んで、本当に驚きました。
> 同じようなことが書いてあり、動物たち、そしてあの子のことが、改めて 健気で愛おしくなりました。
> そして本当に救われました。
> こんなに涙がでるのは、私だけではないんだ…
> こんなに悲しいのは、当たり前のことなんだ…と。

いっぱい涙しますよね。
悲しいのは当たり前のことでもあるのです。
でも、当たり前ではないのですよ!

こんなにも愛してくれるから、いっぱいの涙となるのであって、当たり前のことではなく、お互いに培ってきものの愛の結晶なので、これはありきたりのことではなく、当たり前のことではなく、ふたりの大事なものですからね。


> 亡くなる2週間前、大きな歯肉炎に気付いてあげるのが遅かったので、余計にご飯を食べられなかったのかな… という後悔はありますが
> 私の腕の中で看取ることが出来たのは、本当に幸いだったと思います。

悲しみの中に幸いを見出せることは素敵なことです。
気づいてあげるのが遅かったとばかり思えば辛く苦しくなりますが、そうであっても、看取ることが出来たと思えば幸いなことに気づきましょう。


> それでもやはり、やせ細って弱った最期の姿を思い出しては、つらくて泣いてしまいます。
> 今、咲きだした桜を見ると ''抱っこして散歩して、見せてあげたかったなあ…'’
> と思ってまた涙が出ます。

あれも、これも、いろいろ想うと涙しましょうね。
それでいいのですよ。
いっぱい涙しながら、こうしてあげたかった、そうなんだよ、と伝えてあげてください。

ほんにんは、そんなに好きなの~と照れましょうけどね。


> でも時間がかかっても、いいですよね。

時間が掛かっていいのですよ。
人それぞれ時間は異なるものです。
早い人もいれば、ゆっくりの人もいるし、突然訪れることもありましょう。

いっぱい想い、いっぱい泣いて。
謝りたい時には、ごめんねを言い、感謝したい時には、ありがとうを言ってあげてください。
どちらの言葉の奥には、大好きと愛しているがありますから、
どちらの言葉を使っても、受け取るチコちゃんは照れましょうけどね。


> 思いを綴れて、少し気が楽になりました。
> 長文になり、すみません。
> こういう場を作ってくださり本当に感謝いたします。
> そして、著書での優しいお言葉も、本当にありがとうございました。
> 一ヶ月たった今、ようやく少しだけ前に進めそうです。

また想いを綴ってください。
時が過ぎては起こることもあれば、事があって変わることもあるものです。
ここで語れるものは、ここで話し、個人的なことであればメールにしてください。

最後に、本にある言葉はただの言葉です。
受け取る人にそういう心があるから、そう感じるものです。
チコちゃんはそういう優しい人と一緒に過ごした幸せ者なんですよ!

そのことを伝えたくて、本を手にするように導き、
私の言葉を借りて伝えようと、掲示板に2度書き込みして再確認したほどですからね!(^^♪
 

チコ (チーちゃん)のこと 

 投稿者:なみ  投稿日:2016年 4月 3日(日)17時06分22秒 softbank126122064192.bbtec.net
返信・引用
  横田様

はじめまして。
横田様の2冊の本に救われた者です。
愛猫チコのがんばった最期を聞いて頂きたく、綴らせていただきます。

20年一緒に暮らした愛猫チコ(チーちゃん)が、3月4日に旅立ちました。
生前、「抱っこしたまま一緒に召されるといいのに」と思っていたほど、愛おしい子でした。

老いにより、いろんな病が増えていました。
出来るだけの治療はし、医師とも相談し、途中からは嫌がる治療は止めました。

他の理由で仕事を辞めたこともあり、最期の4ヶ月ほどは、ゆっくり一緒に過ごせました。
亡くなる前の3日間は、片時も離れず過ごせました。

私もあの子自身も、確実にそのときが近づいているのを感じていました。
でも日に日に弱っていく姿を見るのは、本当につらかったです。
”この姿が、この柔らかな温もりが、もうすぐなくなるなんて…!”

こんなに涙って出るんだ・・・と思うほど、本当に泣きました。

力なく横たわるだけのあの子の前で、わたしがぼろぼろ泣いていると、
なんとかがんばって立ち上がろうとしました。

何度か峠を越えるあの子に、ようやく私が覚悟を決め、
怖くて言ってあげられなかった言葉を言いました。
「私がんばるからね。チーちゃんはもう楽になってもいいよ。
 本当によくがんばったね。本当に今までありがとうね。」
そう伝えてからしばらくして、息をひきとりました。

横田様の本を読んで、本当に驚きました。
同じようなことが書いてあり、動物たち、そしてあの子のことが、改めて 健気で愛おしくなりました。
そして本当に救われました。
こんなに涙がでるのは、私だけではないんだ…
こんなに悲しいのは、当たり前のことなんだ…と。

亡くなる2週間前、大きな歯肉炎に気付いてあげるのが遅かったので、余計にご飯を食べられなかったのかな… という後悔はありますが
私の腕の中で看取ることが出来たのは、本当に幸いだったと思います。

それでもやはり、やせ細って弱った最期の姿を思い出しては、つらくて泣いてしまいます。

今、咲きだした桜を見ると ''抱っこして散歩して、見せてあげたかったなあ…'’
と思ってまた涙が出ます。

でも時間がかかっても、いいですよね。

思いを綴れて、少し気が楽になりました。
長文になり、すみません。
こういう場を作ってくださり本当に感謝いたします。
そして、著書での優しいお言葉も、本当にありがとうございました。
一ヶ月たった今、ようやく少しだけ前に進めそうです。
 

(無題)

 投稿者:ハイナナ  投稿日:2016年 2月26日(金)00時36分45秒 p2116-ipbfp705kamokounan.kagoshima.ocn.ne.jp
返信・引用
  ベスの7回目の月命日です。
とても悲しい…
心の穴は塞がりません。
夜、静かな時間
私が不安だったり、落ち込んだ時…
涙が溢れます…
 ベス  いつまでも愛しています。大好きだよ?
 

生まれ変わって来てくれた

 投稿者:黒猫キーちゃんのママ  投稿日:2016年 2月 6日(土)20時43分25秒 KD121106100092.ppp-bb.dion.ne.jp
返信・引用
  2013年の5月3日にカギ尻尾の黒の仔猫キーちゃんが生後ひと月で亡くなって寝込む程泣き続けていた時に横田様に助けていただきました。その節は本当に有難うございます。その翌年には柴犬リキを亡くしましたが、あの世で父と今頃楽しくはしゃいでいるんだと思うと寂しくないね!と思うのです。先月、新たにキーちゃんにそっくりな野良の黒の仔猫が我が家に来ました。当時、キーちゃんに生まれ変わってまたうちに来るのよ!と泣きながら何度も言っていましたが、生まれ変わるってあるんだなと不思議に思います。名前はキンちゃんと言います。我が家には10歳が二匹5歳が二匹いますが四か月の赤ちゃん猫も仲間入りして賑やかになりました。
ここで悲しまれている方々に今だから言える。姿形が変わろうと命は繰り返してやってきます。いつか必ずまた会えます!今は泣いて泣いてたくさん思い出を語ってあげてください。と言いながらうちの五匹と別れる時はまたこちらにお世話になるんだろうなぁ(*^-^*)横田様!その時はまた救ってくださいませ。
 

はる様へ

 投稿者:とし  投稿日:2016年 1月12日(火)06時51分39秒 pw126253225076.6.panda-world.ne.jp
返信・引用
  はる様

お返事有難うございます。
般若心経で良いと聞き、安心しました。
大悲心陀羅尼も理解しながら、読みたいと思います。
本当に、有難うございました。

> とし様。
>
> > はる様
> > 教えてください。
>
> はい。何でしょうか。
>
>
> > 毎日、亡くなった愛犬に、般若心経をよんでいます。
> > しかし、本当に、般若心経で良いのか?という疑問になりました。
> > 般若心経について、調べてみると、般若心経は、お釈迦様からの説かれた、人生の生き方が書かれていることに気付きました。
> > 亡くなったペットに、生き方をよんであげるのは、間違いのような気がします。
>
> お経の内容にまで思いが至るのは素晴らしいことですね。
> 仰る通りで、般若心経はお釈迦様の説かれた教えが記されております。
> 実は、お経のすべてが教えなんですよ。
> だから、お経の内容は教えであって、どのお経を読んでも同じく教えです。
>
> 亡くなった者へお経をお唱えしているようで、実は参列者にお経の内容を説いてもいるのですよ。
>
> 亡くなった者を想う人たちへ、亡くなった者から、仏さまの教えを聞かされているのです。
> お経は先立った者への供養でもあり、今生きている者への教えでもあるのです。
>
> 間違いのように思えましょうけど、間違いではありませんよ。
>
> 般若心経は一般的に広く読まれる供養のお経でもありますから、いい供養になると思いますよ。
>
>
> > 私も、横田様が、亡くなったペット達に、よまれているお経を、毎日、亡くなった愛犬に、よんであげたいです。
> > どうか、教えてください。
>
> 私も同じく般若心経もお唱えしますが、日々のご供養では必ず「大悲心陀羅尼」というお経をお唱えしておりますよ。
> こちらもお経ですから、教えでもありますけどね。
>
> 教えとして読むのもお経なれば、供養として挙げてもお経なのです。
> つまりは、私たちの気持ちがどちらに向かってお経を唱えているのかということなのでしょうね。
>
> 自分の学びの読み物として読むのか。
> 供養のお伴に気持ちを伝えるべく読むのか。
>
> どちらも同じお経ですよ。
 

横田様

 投稿者:ゆかりんばぁばぁ  投稿日:2016年 1月 7日(木)07時53分43秒 60-62-130-187.rev.home.ne.jp
返信・引用
  ご多忙のところお返事ありがとうございました。
お返事を読みながら、久しぶりにいっぱい泣きました。

今もショコラのものがなに一つ片せなくている私ですが
横田様がお書きになられた
「ありがとう。また逢えるよね。」を少しづつ読みながら
色々考えながら・・・毎日を過ごしています。

暖かいお言葉ありがとうございました。
 

とし様へ。 Re: お経について

 投稿者:はる  投稿日:2016年 1月 6日(水)10時44分54秒 p1205-ipngn1301niigatani.niigata.ocn.ne.jp
返信・引用
  > No.293[元記事へ]

とし様。

> はる様
> 教えてください。

はい。何でしょうか。


> 毎日、亡くなった愛犬に、般若心経をよんでいます。
> しかし、本当に、般若心経で良いのか?という疑問になりました。
> 般若心経について、調べてみると、般若心経は、お釈迦様からの説かれた、人生の生き方が書かれていることに気付きました。
> 亡くなったペットに、生き方をよんであげるのは、間違いのような気がします。

お経の内容にまで思いが至るのは素晴らしいことですね。
仰る通りで、般若心経はお釈迦様の説かれた教えが記されております。
実は、お経のすべてが教えなんですよ。
だから、お経の内容は教えであって、どのお経を読んでも同じく教えです。

亡くなった者へお経をお唱えしているようで、実は参列者にお経の内容を説いてもいるのですよ。

亡くなった者を想う人たちへ、亡くなった者から、仏さまの教えを聞かされているのです。
お経は先立った者への供養でもあり、今生きている者への教えでもあるのです。

間違いのように思えましょうけど、間違いではありませんよ。

般若心経は一般的に広く読まれる供養のお経でもありますから、いい供養になると思いますよ。


> 私も、横田様が、亡くなったペット達に、よまれているお経を、毎日、亡くなった愛犬に、よんであげたいです。
> どうか、教えてください。

私も同じく般若心経もお唱えしますが、日々のご供養では必ず「大悲心陀羅尼」というお経をお唱えしておりますよ。
こちらもお経ですから、教えでもありますけどね。

教えとして読むのもお経なれば、供養として挙げてもお経なのです。
つまりは、私たちの気持ちがどちらに向かってお経を唱えているのかということなのでしょうね。

自分の学びの読み物として読むのか。
供養のお伴に気持ちを伝えるべく読むのか。

どちらも同じお経ですよ。
 

ゆかりんばぁばぁ様へ。 Re: 幸せだったのかな?

 投稿者:はる  投稿日:2016年 1月 6日(水)10時23分7秒 p1205-ipngn1301niigatani.niigata.ocn.ne.jp
返信・引用
  > No.291[元記事へ]

ゆかりんばぁばぁ様。

> はじめまして。

はじめまして。
後悔と悲しみの中、投稿していただき、ありがとうございます。

まずは、ショコラちゃんのご冥福を心よりお祈りいたします。


> 家に来てから色々なことがたくさんありました。
> 楽しかったこと悲しかったことつらかったこと。
> 癲癇とゆう病気になり大変ことが多かったかもしれません。

一緒に過ごした日々にはいろいろな思い出がありましょうね。
家に来た時の初めての出来事から、いつもの様子、病気や闘病のことなど。
どの思い出も共に過ごした素敵なものですよ。

悲しかったことであっても、その中には素敵な愛がありましょう。


> 今、旅立ってしまったショコラに対して、今までの事を振り返っても
> 後悔しか私にはなく ごめんね。の言葉しかありません。

そうですよね。
泣いてばかりでしょうし、思っては繰り返し後悔して、
悲し涙に、悔し涙に、複雑な想いの涙を流されていることでしょう。

今は、ごめんねでもいいですよ。
今言える言葉は、ごめんねなのですから。

ありがとうと素直に言いたい日が来るまでは、
ありがとうの裏返しのごめんねであっても、
どちらの言葉にもショコラちゃんのことが大好きという愛情がありましょうからね。


> 誰ともショコラとの思い出も話せなくて
> 泣いてると また泣いてるのか・・・と言われ。
> 泣いちゃいけない。泣くとショコラが安心できない・・・自分に言い聞かせ。
> それでも・・・やっぱり私の気持ちを聞いてほしい。
> そんな思いがあってこちらに投稿させていただきました。

辛く切ないことですね。
思い出話をしようをすれば、涙が流れますよね。
泣いていると言われないように我慢すれば話が出来なくなり、切ないことです。

自分でも泣いてはいけないものと考え、涙していいのに涙を抑え、
ショコラちゃんの為を思って泣かないように頑張ってみても、
想えば想うほど涙も流れましょうからね。
切ないことです。

泣いていいのですよ!
一人で泣ける時ならいっぱい涙してください。
一人なら相手は気にすることはないから。

一人で泣いていても、あなたはひとりではありませんよ。
きっと、側でショコラちゃんが寄り添っておりましょうから。

涙してもいいのですよ。
ショコラちゃんは涙の意味を知っておりましょうから。

「まだ泣いているのか」という言葉は、泣いている人に対して、
どのように受け止めていいのか分からないのです。
あまり気にしないようにしてください。
 

ハイナナ様へ。 Re: (無題)

 投稿者:はる  投稿日:2016年 1月 6日(水)10時04分32秒 p1205-ipngn1301niigatani.niigata.ocn.ne.jp
返信・引用
  > No.290[元記事へ]

ハイナナ様。

先日掲載されていたクロワッサンの記事までお読みいただきまして、
ありがとうございます。

もっと早くに知り得ていたら…と思っては後悔し、前向きになれない日もあれば、
ありがとうと言える前向きな日もあり、少しずつしか歩みが進まないことでしょう。

そうであっても、一歩ずつは歩みが進みますからね。

その日に戻って、ありがとうと言いたいことでしょうけど、
今からだって素直に言ってあげればいいのだと思いますよ。

言わないのではなく、言えるのですから。
言えなかったのではなく、言えるはずですよ。
 

お経について

 投稿者:とし  投稿日:2015年12月27日(日)18時05分34秒 110-132-134-243.rev.home.ne.jp
返信・引用
  はる様

教えてください。

毎日、亡くなった愛犬に、般若心経をよんでいます。
しかし、本当に、般若心経で良いのか?という疑問になりました。

般若心経について、調べてみると、般若心経は、お釈迦様からの説かれた、人生の生き方が書かれていることに気付きました。

亡くなったペットに、生き方をよんであげるのは、間違いのような気がします。

私も、横田様が、亡くなったペット達に、よまれているお経を、毎日、亡くなった愛犬に、よんであげたいです。

どうか、教えてください。

宜しくお願いします。
 

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