投稿者
 メール
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ]


明解「法華経要義」 見宝塔品第十一 その3

 投稿者:shamon  投稿日:2019年 4月23日(火)08時29分52秒
編集済
  (現代語)
他に経典はガンジス河の砂程にあるが、これらを説くことは未だ難しき事ではない。もし須弥山を手に取って、他の無数の仏国土に投げ置いたとしても未だ難しき事とは言えない。また足の指を以てこの大千世界を動かし、遠くの他世界に投げ打ったとしても未だ難しき事ではない。もし有頂天に立って、人々のために無量の他経を演説したとしても、それは未だ難しき事ではないのだ。しかしながら、仏の入滅後、悪しき世の中において、よくこの経を説くならば、それは正に難しき事である。

(要文)
諸余の経典、数恒沙の如し。此れ等を説くと雖も、未だ難しと為すに足らず。若し須弥を接って他方の無数の仏土に投げ置かんも、また未だ難しとせず。若し足の指を以て大千界を動かし、遠く他国に投げんも、また未だ難しとせず。若し有頂に立って、衆の為に無量の余経を演説せんも、また未だ難しとせず。若し仏の滅度に、悪世の中に於て能く此の経を説かん、是れ則ち難しとす。

(要義)
この所では、法華経を説くことの「六難九易」を挙げています。法華経以外の経典は沢山あるけれども、それらを説くことは全く難しい事ではない、また世界最高峰の須弥山を手に取って他方の仏土に擲つことも難しい事ではない、足の指を以て大千世界を動かすことも難しい事ではない、天界最高の有頂天に立って多くの経を説くことも難しい事ではない。しかしながら、悪世末法に法華経を説こうとするならば、それは実に難しき事である。その他にも困難である事を挙げて、それを九つの易き事とし、そして法華経を説いたり研究したりする事を六つの難しき事として述べています。要するに、法華経の為に力を尽くすことは非常に困難であることを述べて、そして法華経が大変に結構な教えだということを説いているわけです。難しいという事は止めておいた方がよいと言うことではなく、一方からいえば非常に尊い事を意味しています。日本で「有り難い」と言うことが、丁度尊い事を表す言葉になっているように、「有り難し」「容易ではない」ということは、大変に結構なことである、尊いことであるという意味を表しているのです。

(現代語)
この経を持つのは難しき事である。もし暫くの間でも持つ者があるならば、私は直ぐさまに歓喜するであろう。他の仏達も、また同様である。そのような人は、諸々の仏が誉めたまう者である。それ則ち勇猛なる者、精進の者である。

(要文)
此の経は持ち難し。若し暫くも持つ者は、我即ち歓喜す。諸仏もまた然りなり。是の如き人は、諸仏の歎めたもう所なり。是れ則ち勇猛なり、是れ則ち精進なり。

(要義)
ここでは、法華経を持つことが実に広大な修行であり功徳である事が説かれています。法華経は持ち難いけれども、少しでも持てば釈迦如来もお喜びになり、十方の諸仏も皆お喜びなされる、また仏法守護の神々も喜ばれるわけです。法華経を持つ者は仏に称賛される、法華経を持って行く事が真の勇猛である、そのような意味によって信仰が導かれていなければ、ただ勇気といっても、その勇気には価値がありません。そして、精進といっても法華経の信念を本として進み行くものでなければなりません。何処までも法華経の経文を根拠として、それに精神を遵えて行く、法華経の教えを基準に置いて、それに依って精神行動が導かれて行くことが大事です。日蓮聖人も法華経を色読された、身に読まれたと言われるように、教外別伝などという禅宗とは違って、教えと修行が離れないように行く所が法華経の尊さであって、教えを軽んじて自己流の行を勧めるようなことはないのです。斯くして次の提婆達多品になって悪人女人の成仏を説いて、法華経を弘めれば是の如き功徳利益がある、それ故に汝等はこれを弘める志を立てよと、その宣伝の精神を鼓舞奨励せられるのです。

 

撰時抄 その8

 投稿者:shamon  投稿日:2019年 4月18日(木)08時57分11秒
編集済
  「一には彼の時には機なし。二には時なし。三には迹化なれば付嘱せられ給はず」

それから次には、天台・伝教大師のことは理解したが、龍樹や天親は如何なる考えであったかということが尋ねられます。それに対して日蓮聖人は、無論龍樹や天親も内心には法華経を弘めたいと考えていたけれども、一には彼等の時代の人々は法華経を信ずべき機根に未だ熟しておらず、二には所謂第二の五百年であって法華経を弘むべき時が至っていないこと、そして三には彼等が迹化の菩薩であって、釈尊より法華経の弘通を委嘱されていなかったからであると言われます。そして、釈迦牟尼仏入滅以後の仏教の弘まって来た順序次第を詳細に述べられたのです。釈尊入滅後の翌日、二月十六日からは正法千年の時となる。迦葉尊者が仏の付嘱を受けて二十年の間中心人物として仏法を弘め、次に阿難尊者が二十年、商那和修(しょうなわしゅ)が二十年、優婆崛多(うばくった)が二十年、そして提多迦(だいたか)が二十年、この五人によって百年の間は小乗経のみを弘めた。大乗経はその名さえもなかったのであるから、況んや法華経の弘まるはずもない。次には弥遮迦(みしゃか)等の五人が出られて、少しは大乗経の法門も出て来るけれども、特には弘めず、小乗経を面として説くだけであった。これが正法の先の五百年、解脱堅固の時である。正法の後の五百年、禅定堅固の時には、馬鳴菩薩・龍樹菩薩等の十余人の人々が出て、次第に深い教えが盛んとなって大乗経が小乗経を破し、そして法華経も説かれたが、諸経と法華経の勝劣は明瞭にされず、法華経の重要な法門も明らかにされず、法華経の中に現れている、釈迦如来が何時教化を始められて、何時仏に成られたかというようなことには少しも言及されていない。

これは非常に大事な問題であって、お釈迦様が悉達太子から成道を遂げて、初めて鹿野苑において五人のために法を説かれた時を教化の最初とすれば、それより以前の人々は釈迦如来と少しも関係が無いということになります。そうなると釈迦如来より他の仏が幾らでも出て来る、梵天王という婆羅門の神様が世界を造ったといい、阿弥陀如来は十小劫前に成仏していたといい、そうなると釈迦如来などは相当な後輩になってしまうわけです。そこで釈迦如来の衆生済度の働きは何時を起点に置いているかという問題が、仏教では非常に大事なことになってきます。それ故に法華経寿量品において釈尊の顕本を説いて、今度世に出られたのは、釈迦如来が衆生教化の時を計って出られたのである、「三世に高く十方に遍し」と言って、実は始めなき以前より、終わりなき後に至るまで、娑婆世界のみならず十方の世界に衆生教化の大活動をされていることが明かされるのです。さもなければ、何時から何時までは、誰々が仏であった、それから後は誰が救うのか、此処から此処までは救うが、その外は誰が救うのかという問題が起こってきます。色々と拝めば良いじゃないか、日本は寛容な多神教だと言うような人がいますが、それは宗教に対して真面目な態度であるとは言えません。宗教科学が発展して、宗教は絶対と唯一に達しなければならないと考える西洋の人にとって、阿弥陀如来は西方極楽世界だ、薬師如来は東方浄瑠璃世界だ、お地蔵様は賽の河原だと、幾つも肩を並べて存在し、あるいは狐や狸を拝んでいるとなると、日本人は劣等な宗教を奉じている、日本人の宗教は劣等な多神教であると見られます。そこで一日も早く目を覚まして、我々の信じる所は本仏顕本の如来を中心とする仏教である、汎神的な基礎には沢山の仏があり、菩薩があり、神があるけれども、信仰の帰結としては統一的な本仏を奉じているのであり、多神は唯一の本仏より分かれて働いているものであると言わなければなりません。それは天の月は一つであるけれども、万の水に影を映すが如きものである。お月様は一つだと言っても、池にも映り、たらいの水にも映る。一神教ということを窮屈に考えて、それ以外には何もないというのであれば、却ってそれは絶対ではない、絶対とは一にして万、万にして一ということでなかればならない。それが分からなければ、もう少し哲学というものを学んだ方が宜しいと言うならば、彼等も必ず感服するに違いありません。そこが法華経の優れた所でもあるのです。


 

明解「法華経要義」 見宝塔品第十一 その2

 投稿者:shamon  投稿日:2019年 4月16日(火)09時05分19秒
編集済
  (現代語)
その時に多宝仏は、宝塔の中において釈迦牟尼仏に半座を譲って、次のように言われました。「釈迦牟尼仏よ、どうかこの座に座られよ」と。すると、釈迦牟尼仏は速やかに塔の中に入って座の半分に座り、そして結跏趺坐をされたのです。

(要文)
爾の時に多宝仏、宝塔の中に於て、半座を分かち釈迦牟尼仏に与えて、是の言をなしたまわく、釈迦牟尼仏此の座に就きたもうべし。即時に釈迦牟尼仏其の塔中に入り、其の半座に坐して結跏趺坐したもう。

(要義)
多宝仏が半座を分かって釈尊を迎え、釈尊は即時にその宝塔の中にお入りになったことを二仏並座の式と言いますが、これは釈尊と多宝仏が肩を並べた仏だという意味ではありません。宝塔品では未だ分かり難いですが、日蓮聖人が「多宝仏の上座に教主釈尊居せさせ給う。」「多宝仏も寿量品の教主釈尊の所従なり」と述べられているように、釈尊が絶対の仏であることは寿量品において顕かにされて行きます。したがって、釈迦と多宝を境智冥合などといって実相との一致を説くことは迹門の意であって、本門の迹仏を開いて本仏を顕す、釈尊の絶対を説く寿量品の経文を見るならば、別段多宝と釈尊との関係などを疑うことはありません。

(現代語)
釈迦牟尼仏は、即時に神通力によって「我等も虚空中に」と願う人々を皆空中に迎えて留まらせました。そして、大音声で四衆の人々に普く告げられたのです。「この娑婆世界において広く妙法蓮華経を説くことが出来るのは誰か。今こそ、その大事の時である。如来の私は、程無く涅槃に入ろうとしている。私は仏として、この妙法蓮華経を託して、そして世に存続せることを望んでいるのだ。」

(要文)
即時に釈迦牟尼仏、神通力を以て諸の大衆を接して皆虚空に在きたもう。大音声を以て普く四衆に告げたまわく、誰か能く此の娑婆国土に於て広く妙法華経を説かん。今正しく是れ時なり。如来久しからずして当に涅槃に入るべし。仏、此の妙法華経を以て付属して在ることをあらしめんと欲す。

(要義)
これは付嘱の文で、釈尊は宝塔に入るや否や大衆を虚空に導き上げ、釈迦如来は程遠からずして涅槃に入るものであるから、この娑婆世界で法華経を説こうと思うならば、誰でもここに誓いを立てよと、法華経を弘める人を求められたものです。「今、仏前に於いて自ら誓言を説け。」との、その釈尊の熱心なる宣言は一度でなくして三度繰り返して説かれるが故に、これを「三箇の勅宣」或いは「三箇の鳳詔」と言っています。この見宝塔品の「三箇の勅宣」と、提婆達多品の「二箇の諫暁」に驚いて、大衆は勧持品において弘経の誓いを立てるという順序になるのです。



 

撰時抄 その7

 投稿者:shamon  投稿日:2019年 4月11日(木)09時56分29秒
編集済
  「正・像二千年の大王よりも、後世を思はん人々は、末法の今の民にてこそあるべけれ。これを信ぜざらんや。彼の天台の座主よりも南無妙法蓮華経と唱る癩人とはなるべし」

これが日蓮聖人の道に対する熱情です。人の永遠の生命から考えたならば、正像二千年の間に王に生まれることよりも、末法今の民に生まれていることの方が幸福である。国王に生まれたとしても、善き教えを信ぜず、道も行わず、徳も積まずして、一時の栄華に耽っているならば、何の価値もない。正法像法の時代に生まれるならば、真実の如来の教えに遇うことは出来ない、最高の法華経に値うことは出来ない。末法の民に生まれて貧しい生活をしていたとしても、法華経という尊い教えが世にあれば、これを信じることが出来るのである。日蓮聖人の主義から言えば、幸福ということの標準は世間の地位や金銭に置くのではなく、正しい道を得て生涯を終えるかどうかに懸かっています。ここに天台宗の座主を挙げたのは、本当の幸福とは正しき法を正しく護ることであるのに、当時の座主がただ官位と俸禄を貪り、権勢をほしいままにして、正義を抛つというような浅まし状態にあったからです。錦を纏って従者を伴い、威張って歩くのが嬉しいがために、法は乱れようが道は廃れようが構わない。それがために、天台の教えは真言にやられ念仏にやられて、天台大師・伝教大師の弘められた法華経の精神は悉く廃れてしまっている。それを日蓮聖人は痛嘆せられたのです。正しき教えを信じて正しき道念を維持することを知らない天台の座主等は、如何にも憐れむべき輩である。日蓮の考えでは、天台の座主となって権勢を誇るよりも、たとえ癩(らい)病となって不遇であったとしても、法華経の正義を信じて、そして向上して仏様になることが幸福であると説かれたのです。日蓮門下にあっても、天台座主までは行かないけれども、その真似をして、大きな寺の中に入って中啓か何かを持ってオホンと気取っている、そういうことは如何にも浅ましいことです。飽くまでも正義のために戦い、正義の宣伝に従事して、そこに真の幸福を味わうものでなければ、日蓮聖人の主義に生きた栄冠は得られません。そういう意味を法華の僧俗は分からなければなりません。生ぬるい迷信みたいな事をやって、「御利益がある、商売が繁盛する」というようなことは、明らかに信仰の行き方が間違っています。そういう目前の利害に迷う心が、そもそも人間の卑しい所なのです。正義に生きなければならない、人間は物質的な幸福が得られても、それよりも更に道義のために進まなければならないのです。

事無くして旨い物を食べ、ただぼんやり暮らせる時は何も問題は起こりません。正義を守り、牡丹餅も食えるなら無論結構なことでしょう。しかしながら、そうは行かないことが多いのが人生です。そのような時に、正義を捨てて牡丹餅を食うか、牡丹餅を捨てて正義に生きるかという所に人間の修養が要るのです。牡丹餅を諦めて正義を守ろうと決心する、そこに人の光が輝くのです。宗教は正義の観念を重んじなければならない、正義を守って永遠の栄えに就くのが宗教です。日蓮聖人は「法華経を信ずる人は冬のごとし」と言われました。冬は寒い、寒いけれども必ずや春になるという希望がある。一時は困難と闘っても、冬を凌げば春が来る如く、法華の行者は現在生活においては冬の生活であっても、永遠の春を迎えるというのが日蓮聖人の主義に立つ者の理想であり確信です。世間にすら「艱難汝を玉にす」、 人間は苦労・困難を乗り越えることによって立派な人物になるとの格言があるのですから、どうしても初めに一つ艱難を凌いで、後に華を咲かさなければなりません。初めから幸福な生活をのみを思って、気楽に暮らそうと考えても無理なことです。大いに奮闘してそこに基礎が出来上がって、それから楽しもうということでなければなりません。初めから生ぬるい事であれば終いには崩れてしまう、日蓮聖人はそのことを私達に教えているのです。


 

明解「法華経要義」 見宝塔品第十一 その1

 投稿者:shamon  投稿日:2019年 4月 9日(火)08時24分59秒
  (現代語)
その時、大地より涌出して空中に留まった宝塔の中から、大音声を以て讃歎の言葉が発せられたのです。「誠に素晴らしきことである、釈迦牟尼世尊よ。よくぞ、平等なる仏の大智慧であり、菩薩を教える法であり、仏に護持せられる妙法蓮華経を人々のために説かれた。その通りである、正しくその通りである。釈迦牟尼世尊の説かれたことは、皆すべて真実である。」

(要文)
爾の時に宝塔の中より大音声を出して、歎めて言わく、善哉善哉、釈迦牟尼世尊、能く平等大慧・教菩薩法・仏所護念の妙法蓮華経を以て大衆の為に説きたもう。是の如し、是の如し。釈迦牟尼世尊所説の如きは皆是れ真実なり。

(要義)
この宝塔品には三つの大切な教義が説かれています。一には多宝如来が法華経の証明に立たれたこと、二には十方分身の諸仏が来集せられたこと、そして三には法華経を後の世に弘める導師を求められたことです。多宝如来は、入滅の後に法華経が説かれるところがあれば何処であれ、仏塔と共に現れて、そして真実であるとの証明と称賛をすると誓願された仏です。その多宝如来が、今ここに釈迦牟尼仏が開権顕実として説かれたことは、本当の大事な教えであるとの証明にお立ちになったのです。天台大師が「多宝は法仏を表し」と言われているように、法身は真理を体としますから、法華経は真理の側より証明される教えであると言えます。人々はこの宝塔の内の多宝如来を礼拝したいと申し出ますが、宝塔を開くには十方の世界において説法をしている沢山の釈尊の分身仏を集めなければなりません。そこで「三変土田」と言って、釈尊は三度この世界を神通の力を以て広げて荘厳し、そこに入り切れぬ程の仏を来集させるのです。

(現代語)
この時、十方の世界より来集した釈尊分身の仏達は各々宝樹の下の獅子座に坐り、皆侍者を遣わせて釈迦牟尼仏の安否を尋ねさせようと、仏に散ずる宝の華を両手一杯に盛った侍者に次のように告げました。「善男子よ、汝は霊鷲山の釈迦牟尼仏の所に詣でて、私の言葉の如くに申し上げなさい。病等に悩まされること無くお元気にお過ごしでございましょうか。そして、菩薩や声聞の人々も、皆安穏でありましょうかと。」

(要文)
是の時に諸仏各宝樹下に在して獅子座に坐し、皆侍者を遣わして釈迦牟尼仏を問訊したもう。各宝華をもち掬に満てて、之に告げて言わく、善男子、汝耆闍山の釈迦牟尼仏の所に往詣して、我が辞の如く曰せ、少病少悩、気力安楽にましますや。及び菩薩・声聞衆悉く安穏なりや不やと。

(要義)
十方の世界で法を説いている沢山の釈迦牟尼仏の分身が来集し、各々がその侍者に次のように告げます。お前は霊鷲山(耆闍山)の釈尊の所へ行って、我が辞の通りに御挨拶を申して来い。釈迦牟尼世尊よ、教化に難儀な衆生で溢れる娑婆世界に御出ましになられ、病少なく悩み少なく、お元気で安楽にされていますでしょうか。誠に御苦労な事で御座います、またお弟子達も安穏でありましょうか、迫害を受けるような事はありませぬかと。この御挨拶を申し上げるために、十方の分身諸仏が来集して、そして釈尊に敬意を表すべき地位に居ると示すことは、密かに釈尊が本仏であることを顕わしています。天台大師が「分身すでに多し、当に知るべし成仏の久しきを」と述べられているように、寿量品の「顕本」に対して密かに本仏であることが示されていることから、日蓮聖人が開目抄に「寿量品の遠序なり」、遠い序文であると言われている所です。


 

撰時抄 その6

 投稿者:shamon  投稿日:2019年 4月 4日(木)21時17分0秒
編集済
  「法華経の第七に云く、我が滅度の後、後の五百歳の中に、閻浮提に広宣流布して、断絶せしむることなけん」

日蓮聖人は、第五の五百歳の闘諍堅固の時、即ち一方には戦乱が起こり、一方に思想の闘いが起こる時には法華経が光を現して説かれるべきである、そのためには今の日本国の人々皆が「南無阿弥陀仏」と唱えているように、世界中の人が「南無妙法蓮華経」と唱えるように広宣流布すべきであると言われました。そして、その証拠は如何にと問われて答えたのが、法華経の七の巻の、この法華経が後の五百歳の中に広宣流布するという経文です。法華経には、この第五の五百歳闘諍堅固の時には上行菩薩が現れる、それが坊さんとして現れると、がらくた坊主が反対し、そして高僧に唆された者達が悪口を言って様々なる迫害を加えることが説かれています。しかしながら、釈尊の勅命を受けたこの大菩薩は、たとえ生命に及ぶようなことがあっても法華経の精神を曲げず、また敗北することもありません。それ故に、ますます彼等は正法の行者を苦しめるわけですが、そうなれば天は怒り激しくして天変地夭が起こり、遂には他国からも攻められて大戦争が起こるわけです。その時には、初めは悪口ばかりを言っていた者も、頭を地につけ、掌を合わせて、南無妙法蓮華経と唱えて助けを乞うようなことになる。このままではいかぬと人々は漸く気付いて、そして法華経に近寄り、その智者が唱えていた議論に精神が目覚めるであろう。その有様は、法華経の神力品の時に、大勢の人が「南無釈迦牟尼仏、南無釈迦牟尼仏」「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」と唱えたようであると日蓮聖人は予言されたのです。

「天台大師云く、後の五百歳、遠く妙道に沾(うるお)わんと。妙楽大師云く、末法の初め、冥利なきにあらずと。伝教大師云く、正像稍(やや)過ぎ已りて、末法太(はなは)だ近きに有り」

それから更に、後の五百歳に法華経が弘まるという経文は分かったが、その他に先師などの予言はあるかと尋ねられます。そこで日蓮聖人は、既に経文に明らかなる以上は、最早人師の釈を引く必要はないと断りながらも、なお一層の信心のために天台大師、妙楽大師、伝教大師の申し置かれた事を引用します。天台大師は、釈迦如来入滅二千年より後に、段々と法華経の有り難い意味が強く現れてくると言われ、妙楽大師は、末法の初めにこそ法華経の利益があると言われ、そして伝教大師は、正法千年、像法千年は過ぎ去って末法が近づいてきた、まさに法華経が弘まる時であると言われている。この三師が末法に法華経が弘まることを恋い慕われながら、その時代に生まれることが出来なかったことは、例えば、お生まれになった悉達太子の人相を観て「家に留まるならば転輪聖王とならん、出家すれば正覚を成じて仏陀とならん」と予言した阿私陀仙人が、自分は既に九十歳を越えているから太子の成道を見ることが出来ない、後生は無色界に生まれるから娑婆世界において五十年の説法を聞くことが出来ないばかりか、正法千年、像法千年、末法万年の時節にも生まれ合わすことが出来ないと嘆かれた如くである。そのことを思えば、今日蓮が後五百歳の時に生まれて、正しく法華経の流布すべき時に、自らこの大法を弘める任務に就きしことは、如何にも身に余る光栄である。されば人の悪口を言う位のこと、流し者にされる位のことは何でもない。人々の心の迷いを照らし、心の罪を除いて浄き精神に導き、すべての世の中の混濁を打ち払う仕事は最も神聖なものである。人生の活動の中に、人々の精神を浄化することほど高潔なことは無い。そして日蓮聖人は「道心あらん人々はこれを見きゝて悦ばせ給へ」と、法華経の弘まるべき時に遭遇したことは、道を求める志ある人であったならば、如何にも嬉しい事ではないかと述べられたのです。ところが今日の人達は、「法華経が弘まる時だ」と言ったところが、「ハハン、そんなものかな」とぼんやりしている、法華経があろうが無かろうが一向に構わない、「誰かがやってくれるだろう」などと思っているから、その悦びが分からないのでありましょう。思想の闘いにおいて、正しい帰結を与えようとするには、法華経でなければ駄目である。誰がこの思想の闘いにおいて最後の帰結を与える者であるのか。戦が始まったならば、その戦にはどういう方法において勝利を収めるかということは最も大事なことである。それを「誰かがやるだろう」などと思っているのは無自覚極まることである、そんな志の足りないことではいかぬということを、日蓮聖人は今ここに仰っていると思わなければなりません。



 

明解「法華経要義」 法師品第十 その9

 投稿者:shamon  投稿日:2019年 4月 2日(火)09時58分5秒
編集済
  (現代語)
もし、この経を説こうとする時に悪口し罵しる者があって、刀や杖を以て、或いは瓦や石を投げつけて危害を加えようとも、仏を心に念じて忍ばなければならぬ。

(要文)
若し此の経を説かん時、人あって悪口し罵り、刀杖・瓦石を加うとも、仏を念ずるが故に忍べし。

(要義)
ここでは、法華経の行者が難に遭う場合の決心を教えています。この経を弘める時に反対者があって、或いは罵り或いは石を投げつけることがあっても、そのような迫害は決して恐れるに足らぬ、仏の御恩を感謝する精神によって、その仏を想う精神によって、それらの迫害を堪えて行かねばならぬと説かれています。この「仏を念ずるが故に」ということが、法華行者が迫害に対抗する信仰の基礎となるのです。今の多くの法華の僧侶などに信仰が無いのは、仏というものが分からないから信仰が無いのです。色々な理屈などを言って居った所で、それで信仰に入ることは出来ません。やはり完全な人格者を意識して、何とも言い得られない有り難さを直観する所まで進まなかったならば、十界互具がどうの、真如の妙体がどうのと言っても、それは教学の知識としては多少の満足は得られても、信仰が力となって発揮されるには到底至らないのです。今の一般の法華の徒というものは、堕落すれば殆ど低級なる迷信淫祠に陥り、進んで学問すれば訳の分からぬ真如論を捻くるか、禅宗の出来損ないのように人は本来から仏だとか、或いは真言の阿字観のように宇宙と我とが一体となるなどと言って、一つも寿量品の有り難い意味を心に深く感じることがありません。進んだ者も駄目であるし、退いた者も駄目で、全部駄目、実際はもう滅茶苦茶になっているのが現状です。

これらの弊害は、元は何処から来たかというと、一致派というものが本迹一致ということに依って寿量品の真意を抑えようとしたことにあります。本門も迹門も同じ事にしようと思えば、寿量品の本仏を抑えなければ同じということにはなりません。そのために迹門の諸法実相、真如の妙理なる冷ややかなものに本門と迹門の一致点を見ようとしたのが原因です。そこで彼等の信行は鬼子母神や帝釈天、或いは大黒天に行き、果てには霊断などという、いかがわしい占術・祈祷を盛んにする輩が大きな勢力を持つことになってしまったわけです。また、頑迷固陋な方では日蓮正宗などという派が誤った勝劣を唱えて、愚にも付かぬ偽書などを作っては独善排他的に派別の観念を強くし、「日蓮大聖人が本仏である」などと下らないことを言っては今なお醒めない。それどころか、その元信仰団体の創価学会が日本最大の宗教団体となり、「釈迦も釈迦の仏法も役に立たぬ」と、政治・経済・教育に大きな影響力を持っている有様ですから、この国には何時何が起きても不思議ではありません。宗内・宗派間の衝突が起こることを憂いて多くはこれを言わずに居ますが、寿量品に於いても開目抄に於いても、その他の日蓮聖人の御遺文を見ても、法華経全部について見ても、一切経について見ても、或いは宗教学の根本から見ても、心理学の教える所について考えても、色々な事を言って結構な寿量品の教えを傷付け、本仏釈尊を念じる所の意識信念を失ったということは、仏教として実に怪しからぬ事であるのです。日蓮聖人は、刀杖瓦石の難に値う時でも、この「仏を念ずるが故に忍ぶべし」という釈尊の教えの通りを身読なさった聖者です。「世を恐れてこれを言わずんば仏敵とならんか」と、世間の謗りや迫害を恐れて誤りを正さなければ、仏法の敵となってしまうと言われた日蓮聖人の門下でありながら、ここに大いに教学の改善を叫ばないのならば、それは実にすべて日蓮聖人の思し召しに逆行している者となる訳です。



 

撰時抄 その5

 投稿者:shamon  投稿日:2019年 3月28日(木)10時45分32秒
編集済
  「仏眼をかりて時機をかんがへよ。仏日を用(も)て国をてらせ」

それでは如何なる時に法華経を説くべきであるのかと問われ、等覚の菩薩といって、もうすぐ仏陀になる偉い者であっても時を知るということは難しい、ましてや凡夫である我等が時を知ることは容易ではないと日蓮聖人は言われます。すると相手は、時を知れと説かれながら分からないのですかと問うてきますが、それに対して日蓮聖人は仏眼を借りて考えよと答えられたのです。ここが宗教の本領です。学者はあれこれと智慧を巡らすのかも知れませんが、仏教徒ならば経文という鏡に照らして時を考えなければなりません。他の宗教と違って仏教は、釈迦如来が五千巻とも七千巻ともされる経巻の中に、あらゆる問題について解決が既に与えられています。したがって「時」というようなことも、仏教は斯くの如く変遷して、こういう状態が現れてくるということが詳しく書かれています。そして、「大集経」に現されている五箇の五百歳は、殊に注意すべき所であることを示されたのです。五箇の五百歳とは、釈尊滅後を五百年ごとに区切ったもので、第一の五百年は「解脱堅固」の時であり、仏法も盛んで悟りを開いて解脱する者が多い時代です。第二の五百年は「禅定堅固」といい、解脱までは至らぬけれども、座禅工夫を凝らして禅定を修行する人が多い時代。第三の五百年は「読誦多聞堅固」といい、仏道を実践修行することよりも、御経を沢山読んだり、仏法を熱心に聴聞したりする人が多い時代。第四の五百年は「多造塔寺堅固」といい、御経には少し縁が薄くなりますが、功徳を積むためにと寺塔などが盛んに建立される時代。そして第五の五百年は「闘諍堅固」といって、仏法が衰えて邪見がはびこり、互いに自説に固執して論争が激しくなる時代です。正しい教えが滅びていくが故に、戦乱も激しくなってくる、自己の利益を優先して道徳を顧みる者も少なくなってくる、即ち釈尊が入滅された後、二千年から二千五百年までの間は、最も仏教の危ない時、一つ間違えれば仏教は滅びてしまう時であると大集経には説かれているのです。ところが日蓮聖人が生まれる五十年ほど前から、浄土門の人達は、この第五の五百年に至れば法華経といえども滅びてしまう、一切の仏法が滅びてしまう時に役に立って残るものは、ただ弥陀の三部経である、念仏を修行する人だけが極楽浄土に往生すると盛んに言い出しました。キリスト経を名乗る一派にも、そのような末法思想を説く者達が居ますが、そのような邪義を打ち破って、それは間違っている、この第五の五百年に至って一般の仏教が勢力を失う時に、真実の光を顕して来るものは法華経である、それには経文の証拠もあり、道理もある、世界の戦争が激しくなり、言論の戦いが激しくなっても、最後の光を顕して彼等の誤れる思想を粉砕し、凱歌を奏するものは法華経である、そのような時にただ「ナンマイダー」と阿弥陀如来を有り難がっていても駄目である、この法華経の如き活き活きとした教えでなければならぬということを日蓮聖人は力説されたのです。


 

明解「法華経要義」 法師品第十 その8

 投稿者:shamon  投稿日:2019年 3月26日(火)09時36分19秒
編集済
  (現代語)
様々な怠け心を捨てようとするならば 当にこの経を聴くべきである。

(要文)
諸の懈怠を捨てんと欲せば、当に此の経を聴くべし。

(要義)
法華経は決して消極的、悲観的な生温い教えではありません。どこまでも、勇猛精進して大志願力、大善根力によって進み行く御経ですから、この法華経を聴けば怠け根性など無くなって、非常に力強き希望に満ちて奮闘する生活が開かれてくるわけです。したがって、怠け心に悩む者が、しっかりした奮闘努力の精神になろうとするならば、何はともあれ法華経を聴くが良いと説かれているのです。

(現代語)
もし、この深経が声聞の教えの意義を明らかにする諸経の王であることを聞いて、そして聞き終わって思惟する者あれば、この人々は間違いなく仏の智慧に近づいていると知るべきである。

(要文)
若し此の深経の、声聞の法を決了して是れ諸経の王なるを聞き、聞き已って諦かに思惟せん。当に知るべし、此の人等は仏の智慧に近づきぬ。

(要義)
法華経は、深き法門の経である。これは法華経の開顕の意味合いを説いたもので、この法華経が、声聞の法即ち阿含などの教えを決了して、その意義を顕かにしていくことから、諸経の王であることを説いています。それ故に、声聞の法それ自身をその儘にして置くのではなく、法華経によって聞き、法華経的見地によって導かれるのでなければなりません。阿含の徒が阿含として教えを説いたのでは、仏教の本当の真価を発揮することは出来ません。法華経の見地から阿含が説かれるのを聞いて、そして一切経が法華経の深い意味に於いて疎通されたということになれば、それは仏の智慧に近づいた者となります。阿含は阿含である、法華は法華であると相反するような仏教の研究をしている者は、仏の智慧には遠ざかっている者である、仏の思し召しには適わんぞと如来自らがお示しになられているのです。

 

撰時抄 その4

 投稿者:shamon  投稿日:2019年 3月22日(金)00時11分9秒
編集済
  「せんずるところ、機にはよらず、時いたらざれば、いかにも説かせ給はぬ」

釈迦如来が初め華厳経を説かれた時も、次の鹿野苑において阿含経を説かれた時にも、大勢の偉い方が集まっていたが、法華経は説かれなかった。また方等部の時、父である浄飯王を教化する時にも、母である摩耶夫人を教化する時にも、他の経を説くのみで法華経は説かれなかった。こうしたことから考えれば、一大事とか真実というものは人の機によって説かれるのではない、時が至らなければ説かれず、また時の至れる場合には、如何に反対があったとしても説かねばならないということです。日本の仏教は、互いに方便の教えを突き合わせて、こっちは阿弥陀如来だ、いやこっちは薬師如来だ、いいや大日如来だと張り合って来ました。また修行するにしても座禅だ隻手の声を聞けだとか、いや護摩を焚いて印を結ぶのだとか、唱え言葉は念仏だ、いや真言だと、それぞれが違うことを言って来ました。そして、挙げ句には占術・祈祷をもってすれば病気が治る、成功が得られると現世利益を売り物にしている者も沢山いるわけです。そういうことは宗教の形式の一部であって、お釈迦様が一代を通じて人々を教化した方法とは明らかに違います。お釈迦様は教えを説いて説いて五十年間、縦に説き、横に説き、あらゆる方面から人心を教化されたのです。言論をもってその人の精神に感化を与えることが唯一の方法であり、人心の奥深い所に訴えて説法教化するところに宗教の本領があるからです。宗教の普遍的活動は、言論をもって人心を教化することにある、それを日蓮聖人はここに仰せられて、「お釈迦様が法華経を説かれなかったのは、詮ずるところは機には依らず、時が至らなかったからである」と断定されたのです。

 

明解「法華経要義」 法師品第十 その6 その7

 投稿者:shamon  投稿日:2019年 3月19日(火)19時36分34秒
編集済
  (現代語)
一切の菩薩が得るべき無上の悟り、阿耨多羅三藐三菩提は、すべてこの経に含まれているのである。この経は、方便の門を開いて、真実の相を示すものである。

(要文)
一切の菩薩の阿耨多羅三藐三菩提は、皆此の経に属せり。此の経は方便の門を開いて真実の相を示す。

(要義)
例え他の経典に於いて菩薩が悟りを開いたかのような言葉があっても、それらの菩薩は、実は皆過去に法華経の修行を積んだ者に他ならないのです。それは、嘗て行ったことがある道を辿る時に「嗚呼、ここはどこそこだ。そして、確かその奥に目的地があるはずだ。そうだ、分かりました。」というようなもので、その「分かりました」というのは途中の出来事であっても、思い出しているのは奥の目的地のことであるのと同じです。そのように他の経典で修行している菩薩も、皆法華経のことまで考えが及んで、法華経の諸法実相の妙旨に思い至った時に悟りを開くのですから、一切の菩薩の菩提は、皆この経に属しているものである、すべては法華経の利益であると釈尊は断言されます。そして、他の経典は方便が多くて真実が隠れていますが、法華経は方便の門を開いて、その奥の真実の相を現す経典なのです。このような開示を「開権顕実」或いは「開顕」と言いますが、方便品、譬喩品、薬草喩品に説かれたことも、総て方便の門を開いて真実の相を示したことなのです。

(現代語)
如来の入滅後において、比丘・比丘尼・信士・信女の四種の人々のために、この法華経を説こうとするならば、如何にして説くべきであろうか。法華経を説く善男子・善女人は、如来の室に入り、如来の衣を着て、如来の座に坐して、そしてこの四種の人々に広くこの経を説くべきである。如来の室とは、一切の人々への大いなる慈悲の心である。如来の衣とは、柔和にして侮辱や苦しみに耐え忍ぶ心である。如来の座とは、一切の存在は「空」であると知ることである。

(要文)
如来の滅後に四衆の為に是の法華経を説かんと欲せば、云何にしてか説くべき。是の善男子・善女人は、如来の室に入り、如来の衣を着、如来の座に坐して、爾して乃し四衆の為に広く此の経を説くべし。如来の室とは、一切衆生の中の大慈悲心是れなり。如来の衣とは、柔和忍辱の心是れなり。如来の座とは、一切法空是れなり。

(要義)
ここでは「衣座室の三軌」と言って、如来の衣を着て、如来の座に坐して、如来の室に入って説くという、法華経を弘める者の大事な心得が説かれています。ここに四衆というのは、比丘(僧)・比丘尼(尼僧)・優婆塞(信士)・優婆夷(信女)の人々のことです。ここにも「善男子善女人」とあるように、法華経を説く者は僧侶に限られてはいません。そして、法華経を弘めようとする在家出家の何れもが、先ず如来の室に入り、如来の衣を着、如来の座に坐して、大衆のためにこの法華経を説かねばならないのです。如来の室とは、一切衆生の中の慈悲心をいうのであって、如来の室に入れと言っても別に他の所に行くのではなく、自分自身の心に有している慈悲心を働かせればそこが如来の室です。そして、その室に入るということは、そこで如来にお目に掛ることが出来るということです。また如来の衣を着るとは柔和忍辱の心であって、怒りを鎮めて侮辱や苦しみに耐え忍ぶことであり、如来の座に坐すとは、すべての事柄に囚われない「一切法空」の精神にあることです。囚われないということは我見執著の無いことですから、宗派の偏見に囚われるとか学問の弊に囚われるとか、何か為にする所あって説を立てるというようなことであれば、それは一切法空に住せざるものとなります。一点の私心無くして公明正大に法華経を説くのでなければ、一切法空とはなりません。また「空」とは、「所詮は何も無い」というような消極的な意味ではなく、囚われざる心をいうのですから、無心に正しきものに打ち込んでいく精神が「空」であることは言うまでもありません。このように釈尊は、慈悲心と柔和忍辱の心と公明正大の心があって、それによって始めて法華経を説く資格が出来ることを教えられているのです。

 

撰時抄 その3

 投稿者:shamon  投稿日:2019年 3月14日(木)16時07分34秒
編集済
  「良医薬を病人にあたう。病人嫌いて服せずして死せば、良医の失となるか」

それから第二の問として、そのような結構な法を愚かな者に与えたならば、却って誹りを起こし、罪を作って悪道に堕ちはしないかということが問われます。そんな優れたものは手に及ばない、結構ですと逃げ出して悪道に堕ちるのならば、説く者に罪があるのではないかと言うわけです。それに対して日蓮聖人は、道に迷う者があるからといって、道を拵えた者に罪があると言うのは筋の立たぬことである、また医者が一番良い薬であると言っているにも拘わらず、そんな薬はいらないと服(の)まずに死んだとしても、それは医者の罪では無いと言われます。薬ならば結構なものであっても非常に高価で服せないこともあるかも知れませんが、宗教の信仰は精神的なものですから、如何に身分が卑しかろうとも、無学であろうとも、最高絶対のもの求めなければなりません。荒ら屋に住もうとも、破れた服を着ていようとも、心に信じる宗教の本尊は、最高絶対、完全なるものを採ろうとするのが宗教の本旨です。そうであるのに、教えを難行易行に分けて、そんな難しそうなものはいけない、そんな上等なものはいけない、なるべく容易い方が良いなどというのは大きな間違いです。ところが第三の問として、法華経には「無智の人の中にこの経を説くことなかれ」、愚かな者のためには説くな、妄りにこの経を説くなとあるではないか、日蓮聖人のように相手を選ばずに法華経を説くということは、法華経のお示しにも背くのでないかというような意味合いが述べられます。

これに対して日蓮聖人は反駁して言われます。法華経の不軽品を読んで見たならば、不軽菩薩は「我れ深く汝等を敬う」と自ら進んで人を敬って、今汝は迷っているが、その迷いが覚めれば立派な人間となれる、少し奮発心を起こせば立派に奮励する人となれる、それ故に我はどんな人でも皆拝むという、実に優れた法華経の精神を示しているではないか。初めから頭ごなしに、お前は馬鹿だろう、お前は罪が深かろう、だから止めておけというようなものではない。人間には各自に持っている光を啓発するところの教訓を与えなければならない。人々が「失望だ」という時に、「失望するなかれ」と教えるのが宗教である。不軽菩薩はすべての人を敬って、そこに大いなる自覚を与えられているのである。余計なお世話だと腹を立てて悪口罵詈する者がある、「何だ、このクソ坊主」と杖にて打ち、石を投げつける者もあるけれども、その場合には遠くに避けて、また振り返っては、お前の考え違いだ、お前の心のその奥には最も結構な仏性があると言って敬われたのである。相手が嫌がるのならば何も言わぬというようなことでは、この不軽菩薩の修行は出来ないではないか。勧持品には、法華経を弘めるには必ず反対があるが、その迫害の中に立って正義を守れと言われている。これは、説く人に失はないということである。

「天台云く、時に適うのみ。章安云く、取捨宜きを得て一向にすべからず等と云云。釈の心は、或時は謗じぬべきにはしばらく説かず。或時は謗ずとも強ひて説くべし」

「無智の人の中にこの経を説くことなかれ」というのは、法華経の摂受行を説いたものであり、不軽菩薩は折伏行を示したものです。法華経には両方の法門が説いてありますが、摂受行と折伏行は水と火のように違います。安楽行品を読めば、人の過失を言ってはいけない、人前で大きな声を立ててはいけない、女性を前に法を説いてはいけない、山寺で静かに座禅でもしなければならないというようなことが説いてあります。しかしながら、勧持品、不軽品を見れば、反対を意とせずして、自ら進んで奮闘的に法を弘めよと説いてあります。これは一体、どのように心得たらよいのかという問に対して、天台大師は「時に適うのみ」と言われ、章安大師は「取捨宜(よろし)きを得て一向にすべからず」と言われたと日蓮聖人は述べています。法華経は如何に良いものであっても、時に適するように実行しなければ価値はありません。反対があるから説くのを見合わせる時もあれば、謗る者があっても説かねばならぬ時もあります。如何に反対が強くとも、身命を賭して正義を主張せねばならない時があるのです。万人が反対するといえども、説くべき時には強いて説かなければならない、間違ったことでも多数の気に入るようなことをしていたのでは、決して正しい道は行われ得ないからです。


 

現代人がカルトに嵌らないためには

 投稿者:shamon  投稿日:2019年 3月13日(水)14時15分16秒
編集済
  仏教ウェブ入門講座という、さもありなんサイトを開いたら、日蓮聖人に対するデタラメな批判がされていました。まるで日蓮正宗の講座のようです(笑)。

法華経以外の宗派はもちろん、法華経も含めたすべての仏教の宗派を否定して、お釈迦さまの説かれたお経のどこにもない題目を勧めています。ですから、日蓮宗のお経は、『法華経』のようでいて、『法華経』でもなく、一切経の中に拠り所となるお経は一つもありません。このように、日蓮宗について知れば知るほど、仏教から逸脱していることが分かります。全仏教を否定していながら、仏教といえるのでしょうか?一切経七千余巻のすべてのお経を調べても「南無妙法蓮華経」という言葉も見当たりません。日蓮の造語です。そこで困った日蓮は「その根拠は寿量品の文底に秘めり」と言いました。これを「文底秘沈(もんていひちん)」といいます。そんなことを言い出したら何でもありです。仏教というのは、お釈迦さまの説かれた教えですから、お経に根拠がないようでは、もはや仏教ではありません。

ところが、少し読んで行くと、浄土真宗に対しては非常に肯定的に紹介されています。そこで、この仏教ウェブ入門講座を開いている長南瑞生(以前は中村僚と名乗る)をググってみると、やはりカルト宗教と称されている「浄土真宗親鸞会」の講師でした。その彼が社長をしているのが、この講座を開いて有料の通信教育に誘っている日本仏教アソシエーション株式会社です。ホント、宗教をビジネスとして儲けようとする輩は、ある意味優秀だと思いますね。さすが東大出です。さて、正統な仏教の継承者であろうとする者は、どうやって彼等に対抗しますか。

 

明解「法華経要義」 法師品第十 その6

 投稿者:shamon  投稿日:2019年 3月12日(火)13時43分58秒
  (現代語)
薬王よ、譬えば喉を渇かして水を求め、ある高原に井戸を掘って探す人があるとしよう。未だ乾ける土を見ている間は、まだまだ水に至るに遠いと知る。努力を怠らずに湿った土を見、そして遂に泥に到達した時には、間違いなく水は近くにあると心に知るが如くである。

(要文)
薬王、譬えば人あって渇乏して水を須いんとして、彼の高原に於て穿鑿して之を求むるに、猶お乾ける土を見ては、水尚お遠しと知る。功を施すこと已まずして、転た湿える土を見、遂に漸く泥に至りぬれば、其の心決定して水必ず近しと知らんが如し。

(要義)
これは高原穿鑿の喩えと言って、井戸を掘ることを以て仏性論を巧妙に譬えた教えです。非常に喉を渇かして、水を得るために高原に井戸を掘る、印度のような乾ける大地では容易に水は出ないけれども、功を施すこと已まず、掘って掘って次第に進んで行けば遂に潤える土が出て来る、そうすれば最早水は近いと感じるようになり、いよいよ泥土に至るならば、もうこれは必ず水があると確信することが出来るようになります。仏性もまさにその通りで、それ程に功を加えずとも仏性が現れる人もあれば、大分に深く掘らねば現れない人もあります。しかしながら、如何なる高原と雖も、掘りぬけば必ずや水を得るが如く、一切の衆生に仏性を有せざる者は無いのです。また、その仏性を開発する努力によって、次第に湿った土を見、遂には水を見るに至るならば、これ程愉快なことはありません。即ち法華経は、発心して菩薩の行に努めることを奨励し、その仏性の活現を教えて、人生に確かな手応えと大いなる喜びを与えようとしています。これは仏教を貫いている所の大精神であって、人の本性は善であるということから思想を打ち立てた孟子の性善説の如く、私達の道徳実行の根拠となるものです。

 

撰時抄 その2

 投稿者:shamon  投稿日:2019年 3月 7日(木)21時54分11秒
編集済
  「世尊は二乗作仏・久遠実成をば名字をかくし、即身成仏・一念三千の肝心、その義を宣給はず。これらは偏にこれ機はありしかども、時の来らざればのべさせ給はず。経に云く、説くべき時いまだ至らざるが故に」

法華経の化城喩品には、過去の大通智勝仏が世に出られて、十小劫という永い間一経も説かずに黙って座って居られたのは、それは時の未だ至らざる故であったと説かれている。そして今の釈迦牟尼仏も、一番大事な本懐の法華経を四十二年の間説かれなかったのは、「説くべき時いまだ至らざるが故に」と方便品に言われている。また「老子は母の胎に処して八十年」と時を考えて世に出たと言われ、仏説に依れば釈迦如来の次に仏として出る弥勒菩薩は、兜率の内院に籠って五十六億七千万年も出現の時を待っているとされる。それは時を誤れば出ても効能が無いから、時を計って居るのである。そして、時鳥は春を過ぎて夏の始めに鳴き、鶏が暁を待って鳴くように、畜生さえも時を知っているのであるから、況んや人間で、しかも仏法を習い、世を救うことを志す者が、時の観念を忘れているようなでは駄目だということを日蓮聖人は示されたのです。釈迦牟尼仏が初めて寂滅道場で華厳経を説かれた時は、十方の世界から大勢の仏が現れ、一切の菩薩も集まり、一大事の説法があるかのように見えたが、未だ時至らざるが故に、二乗作仏・久遠実成の二大教義を明かさず、即身成仏と一念三千についても述べることは無かった。それは、経に「説くべき時いまだ至らざるが故に」と説かれている通りである。

「二乗作仏」とは、他の大乗経典で成仏を否定された二乗のように利己心に囚われた者も、法華経によって成仏が許されるということです。他の大乗仏教から自利心に囚われたる者として殆ど捨て去られた二乗が、菩薩の精神に生きて、即ち温かき慈悲の精神に活きて、枯れた木に花が咲くが如く、美しき精神になっていくということは、華厳経と雖も説いていません。これは現代社会に置いて置き換えれば、自利心に囚われた心を捨て去って、他を思いやり、そしてもっと高い思想を基として社会全体のために尽くしていくならば、そこに真の温かき理想の世界を作ることが出来るということです。また「久遠実成」という、真の大人格たる釈迦如来が、始めも無く終わりも無く、今も現に私達を照らしておられるという、その実在の意義は法華経に至らねば説かれていません。他の阿弥陀仏などは想像によって創り出された仏様であって、まあ経典上に有るとして頭を下げているものの、疑えばその存在は消えてしまいます。また、「天に在す我等の神よ」と神の実在を信じるキリスト教も、神とは宇宙を創造した全知全能の絶対者と言うだけであって、その人格は如何なるものかと問えばよく分からない、人格実在の義を立証し得ていないのです。仏教においても、弘法大師などが大日如来を立てていますが、その大日如来とは何だと問えば、宇宙そのものだ、地水火風空識の六大だ、森羅万象みな大日如来の現れだ、蝉が鳴くのも馬の小便も大日如来の説法だというものであっては、断じて熱烈な至誠、天地を貫く信念を培養する所以とはなりません。道徳を説く宗教は、この絶対人格者が実在であるということが非常に重要となります。それ故に法華経には、絶対の智慧もあり、慈悲もあり、活動もあり、三十二相八十種好を具せる美尽くしたる釈迦如来が厳然と健在して居られる、完全なる人格者が今も現に私達を照らして、大慈大悲の光を発射して居られることが説かれているのです。そして、無神論・唯物論に対して、哲学からも科学からも来る批判に対して、世界を通じての宗教がやられている大事な問題を一人で背負って、人格実在を力説して健闘するのが、真の日蓮主義に立つ者です。この人格実在に満腔の誠意を捧げることが出来ないから、それが原因を為して実利主義となり、利己主義に流れ、戦争となり、泥棒となり、人殺しともなり、そして人類全体を悩ましているのです。それらの誤れるものの根源を粉砕するのが、法華経に現れている久遠実成の教えです。そこで日蓮聖人は、久遠実成を知らなければ、仏教ありと雖も、人に魂を失えるが如く、天に日月無きが如しと「開目抄」に叫ばれた、それが今この撰時抄にも繰り返されているのです。

「即身成仏」というのは、女人は女人から成仏が出来る、悪人は悪人から成仏が出来る、如何なる地位からでも成仏が出来るということです。人間の真心を開いたならば、如何なる境遇に落ち込んでいる者でも、尊き本仏を拝することが出来る、人間如何に落ちぶれている者でも、心の誠を開けば直ちに本仏と交わることが出来る、これが即身成仏ということです。世間には、貧乏人も居れば金持ちも居る、位が高い者も居れば位の低い者も居る、学問のある者が居れば学問のない者も居る、社会においてはそこに様々な差別が生じますが、この絶対の信仰のみは、あらゆる階級にあって虐げられている者を一遍に活かすことが出来ます。低い地位に居ながらにして、絶対の喜悦を握るのが宗教信仰の妙致であり、それが社会の不公平を調節するのです。一念三千の教義も面倒くさく言うから分からなくなる、九界即仏界、仏界即九界であって、如何なる地位からでも絶対の本仏と交わり、終に成仏することを論証したのが一念三千の極致です。そういうことは華厳経には説いていません。時至って釈尊が霊鷲山上にて法華経を説かれた時には、提婆達多のような悪人でも法華経の教えに照らされて、天王如来という成仏が許され、五つの障りありとして嫌われた女人も法華経において成仏を許されます。決定性の二乗といって、小乗の心に囚われてしまった人達が、法華経において成仏を許されるのは、焦げた種に花が咲き、果実がなる如くであり、如何にも尊い意味合いがそこに現われているのです。法華経の一字は如意宝珠の如くであり、南無妙法蓮華経と唱える言葉の中には、一切の大事なる意味合いを含んでいます。二乗を救う意味も妙法であり、本仏が顕れるのも妙法です。提婆の如き悪人も悦びの心を開き、五障の女人も悦びの心を開き、全宇宙の者が皆悉く歓喜に満ちるということが即ち妙法です。そして、この如き尊い妙法が説かれるのは、まさに説くべき時が来たから説かれるのであって、それ故に法華経に「今正しく是れ其の時なり、決定して大乗を説かん」と言われているのです。


 

明解「法華経要義」 法師品第十 その5

 投稿者:shamon  投稿日:2019年 3月 5日(火)16時22分53秒
編集済
  (現代語)
また、如来の舎利を安置する必要はない。何故ならば、この経巻の在る所に建てる塔には、既にその中に如来の全身が在るからである。

(要文)
復舎利を安ずることを須いず。所以は何ん、此の中には已に如来の全身います。

(要義)
これは法華経を信じるというのは、不滅の如来が実在したまうこと、それを信じるのだということを教えています。舎利とは荼毘に付した後の遺骨のことですが、そのような身を砕いた所の骨を安置することを用いないと言われています。何故ならば、法華経には如来の常住不滅が教えられ、法華経を信じる者の其処には、火に焼いて骨に成った欠片のような物ではなくて、如来の全身が居られるからです。全身不滅の完全なる活ける如来を信じ得るが故に、別に舎利を安置することを必要としないという事を教えられたのです。法華経の信仰は、如来の実在を信ずるのです。それは木像にもするし、文字にも書きますが、その木像や文字を如来として拝むことが法華経の精神ではありません。寿量品に於いても「我、常に此にあって滅せず」と説かれ、神力品にも、経巻修行の所には、何処であっても如来は在ますということが教えられているように、この「如来の全身います」という不滅実在の意識に進むことこそが法華経の理想です。勿論、それを写象して木像にしたり文字にしたりすることは悪いことではありませんが、そのような物に形式的に打ち込んで行くということは法華経の精神ではありません。

「舎利を安ずることを須いず」と言われたのですから、木像とするも文字とするも、それは皆舎利と同じ意味となります。そのような写象式に囚われて不滅実在の如来を忘れるようなことであれば、それは偶像崇拝に陥る恐れもあるのです。そのようなことから、自分達の本山に安置している曼荼羅本尊のみが正統であって、それに直結しない他のものには利益がないなどと曲解する宗派も相変わらず勢力を有しているわけです。何故に日蓮聖人が文字曼荼羅を本尊として信念堅固なる者に授与されたのかを考えず、ただ従来の伝統的な日蓮教学を以て、日蓮聖人が曼荼羅を書かれたことが一番尊い事だと考え、「仏像か、曼荼羅か」というような事に頭を突っ込んでいるならば、何時まで経っても本仏実在の意識の方には研究が進みません。安置してはならぬというのではありませんから、安置するのも宜しい事ですけれども、寧ろこの経に「復舎利を安ずることを須いず」と言われた精神に徹底して、木像や文字に囚われた精神を今少し割り引いて研究しなければ、法華経の精神とは離れたものとなり、宗教学の立場に於いても将来の研究に必ず失脚する時が来ると思われます。



 

撰時抄 その1

 投稿者:shamon  投稿日:2019年 2月28日(木)08時42分32秒
編集済
  「それ仏法を学(がく)せん法は必ず先づ時をならうべし」

撰時抄は、日蓮聖人の御年五十四歳、健治元年、丁度佐渡よりお帰りになって身延山にお入りになった頃の著作です。聖人の遺文には、忙しい間に手紙として書かれたものが沢山ありますが、この撰時抄は心を落ち着けて、書物として順序よくお書きになられたものです。題号に「時を撰らぶ」とあるように、この御書の全体の精神としては、「時」ということが論じられます。開目抄の終わりに「仏法は時によるべし」と結んであったことに引き続き、撰時抄は「それ仏法を学せん法は必ず先づ時をならうべし」との文で始まっています。仏法の本体は萬世不易、古今に通じて変わるものではありませんが、これを修行する、その教えを弘めて行くには、「時」というものが非常に大事となる、その時代に適応することが頗る大切だからです。天然自然の上からして、春夏秋冬という時が定まっているように、仏法にも弘まって行く順序・次第というものが定められています。ご承知の通り、仏教には、浅い法もあり深い法もある、また一時的にあてがった法もあれば、永遠に動かぬ真理もあります。ですから、素人の人が考えているように、仏教の何処でも捉えて来て、好き勝手に信じても良いというようなものではありません。「時」というものは、非常に大切な意味を持っています。即ち時に合う、合わぬということによって、その事が無駄になるか無駄にならないか、効力を生じるか生じないかということが起こって来るからです。農夫が如何に土壌を肥やし、如何に労力を払っても、種子を蒔く季節というものを考えなかったならば、その仕事は全くの無駄になってしまいます。そのように、宗教を弘めるにしても修行するにしても、その時代を誤らないようにして法というものを用いていかなければなりません。時を重んじる観念がないと、三百年も千年も前に論議された既に死せる問題を今日に繰り返して、現代に横たわっている実際に必要のある問題を逸することが多くなって来ます。

涅槃経に「時を知るを以ての故に大法師と名づく」と説かれているように、時を知らないようでは、如何に本を読もうとも、教理を研究しようとも碌な者ではありません。時ということを観察しないがために、今は巷に出て活動すべき時であるにも拘わらず、俗世との関わりを断っているなどと言って、昔のように宗教家が薄暗い本堂でポクポクやっている、あるいは隅に座って居眠りをしているようでは駄目なのです。日蓮聖人が宗旨を立てる初めから、「時」ということに最も力を入れているにも拘わらず、日蓮門下の僧侶なり信者が、時という観察を有さずに、昔のように千巻陀羅尼を読んで、水を被ってジャブジャブやって、またウトウトやることを何時までも善いことだ、有り難いことだと思っていたのでは、時を知らないものだと言わざるを得ません。今の仏教の修行、功徳を積むというものは、そういうことではありません。まあ、有り難いような気がして帰ってくるという事も、宗教としては悪いことではないと思うかも知れませんが、今日の国民が要求するところの宗教、また時代の人心に対する教化ということから考えたならば、そういうものは全く無価値であると言わねばなりません。「時をならう」ということは、死せる仏教としてはいかぬということです。仏教の本体は古今を通じて変わらない、法華経も変わらず存在するけれども、その運用を誤るが故に、その効力が現代の社会の上にも国家の上にも、個人の上にも生じて来ないというのであれば、今の仏教は死んでいると言わざるを得ません。日蓮聖人は教えを弘めるには、「教・機・時・国・序」の五綱を心得なければならないと論じています。「教」とは教えの浅深、「機」とは教えを受ける者の能力、「時」とは教えを弘める時代、「国」とは教えを展開させる国土、「序」とは教えの順序です。そして今この撰時抄は、この五綱の第三、極めて重要な「時」の問題を説かれているのです。


 

明解「法華経要義」 法師品第十 その4

 投稿者:shamon  投稿日:2019年 2月27日(水)08時20分11秒
編集済
  (現代語)
しかも、この経は、如来が現在に居る時でさえ、恨み嫉まれることが多いのだ。まして、如来の入滅の後は尚更である。

如来の入滅の後に、この経を書写して持ち、読誦し、供養し、他の人々に説く者を、如来はその衣をもって覆うのである。また、他の世界に現在居られる諸仏にも護られることであろう。この人には、大いなる信心の力、志願の力、様々な善行を為す力が有るはずである。当に知らねばならない。この人は、如来と共に在る者である。そして、如来の御手をもって、その頭を摩でられるのである。

(要文)
而も此の経は如来の現在すら猶お怨嫉多し、況んや滅後の後をや。

如来の滅後に其れ能く書持し読誦し供養し、他人の為に説かん者は、如来則ち衣を以て之を覆いたもうべし。又他方の現在の諸仏に護念せらるることを為ん。是の人は大信力及び志願力・諸善根力あらん。当に知るべし、是の人は如来と共に宿するなり。則ち如来の手をもって其の頭を摩でたもうことを為ん。

(要義)
煩悩に左右される者が大勢いる世間であれば、正しき教えに反対が起こるのは当然の事と理解せねばなりません。法華経も正しき教えであるが故に、反対が起こります。釈迦如来が在世の時すら、「九横の大難」と言って大きな迫害が九つもあったのですから、まして滅後の世の中は一層に世の中が悪くなり、人の心も拗けて来ますから、法華経に反対する者は益々多くなるのです。日蓮聖人も「開目抄」にその反対する所以を示されていますが、「良薬口に苦し、忠言耳に逆らう」と言うが如く、峻厳に正義を説くが故にそこには敵が起こる、皆自分の誤っているところを指摘されるが故に、法華行者に反対をする訳です。しかしながら、如来は法華経の行者を保護し給う、様々に反対はあるけれども、その代わりに釈迦牟尼仏は法華経を弘める者に味方して、そして保護を加えて下さります。「衣を以て之を覆いたもう」とは、丁度母が自分の子を衣に包んで懐に抱いているように、優しい慈愛を以て仏様が法華経の行者を必ずお護り下さることを説いたものです。法華経の行者はこの教えに導かれるが故に、大信力及び志願力、種々の善根力を有する訳です。その信力は、本仏に対しても、真如の妙理に対しても、自己の仏性においても起こりますが、兎にも角にも仏によって教えられた事は最高の教義である、何者にも破られないものであるという強固な信念がそこに打ち立てられます。そして、一切衆生を救うという志願力、単に一家の繁盛という小さな利己的な希望ばかりでなく、個人の解脱と仏教が攻撃されたような卑屈な精神でなくして、立正安国というような志願力を以て、世の為・人の為に尽くそうとする所の大精神を有するのです。そして同時に、あらゆる善根功徳を実行する力を持つのです。

斯くの如くに、法華経の行者は、大信力と志願力と善根力を具えて奮闘しなければなりません。今の法華の信者が、単に信仰といって志願を有せず、善根を行わないというのでは、経文の意味に背くことになります。そのように奮闘する法華行者は、如来と共に宿す者である、如何に流罪になろうと斬首のために座らせられようとも、如来とは離れない者である、如来はその御手を以てその行者の頭を撫でて慰労して下さることが説かれています。日蓮聖人の信仰と活動の中には、この意味が頗る鮮やかに現れているのですから、私達日蓮門下はこの経文の意味する所をしっかりと身に付けて、そして日蓮聖人を手本として、それに倣って行かなければなりません。今の日蓮門下の並の坊さんのように、中古以来の事勿れ主義的な思想で、世間に阿った事を寝言のように並べては善人ぶり、一方では占術・祈祷で宗教を低級化しているようでは、いよいよ世間からは用無しとされます。仏教が最高の宗教であり、日蓮聖人は仏教の正義正統を発揮した者として考えるならば、今少し抱負の雄大なる宗教を以て務めに任じていかねばならないと思うのです。



 

観心本尊抄 その15

 投稿者:shamon  投稿日:2019年 2月21日(木)09時50分52秒
編集済
  「一念三千を識らざる者には、仏大慈悲を起して、五字の内にこの珠を裹(つつ)み、末代幼稚の頸に懸けさしめ給う」

日蓮聖人は、更に信仰の意義をまとめて言われています。この本尊は一概に智慧を斥ける訳ではありませんが、智慧観念を凝らせば最高の悟りが得られるというものでもありません。絶対の真理というのは、どうしても我々の智慧を超過した玄妙なものとなる、その言い難し玄々微妙の境界を自分の智識をもって修めようとすれば、必ず失敗します。時間というものが、幾ら移り変わっても、幾ら経過しても永遠にその終わりを見ないように、仰げばそこに益々高きものがあって、永遠に渇仰を捧げていかなければならないものが絶対の真理です。智慧によって真理を究めようとした西洋の哲学者は、すっかり昇り詰めたと思う時には他の批判に晒されて直ぐに失脚し、遂には真理の探求などということは投げ出してしまいました。それに対して広大な哲学者たる釈迦牟尼世尊が、智慧に誇らずして更に偉大なる信仰に進み入ったのが仏教です。それ故に、少なくとも私達仏教徒は、哲学的思想を研究すれば直ぐに失脚する、信仰を説けば哲学とは離れていくような西洋における哲学・宗教は、総掛かりになっても釈迦牟尼世尊の覚りには及ばない、そう信じることにおいて初めて仏教徒であると言えます。

そこで日蓮聖人は言われます。一念三千の事は理解に及ばぬでも、偉大なる本仏を信じなければならない。その本仏によって与えられた妙法の五字は、文字としては僅かであるけれども、絶対の釈尊が智慧を絞り、慈悲を絞って、私達のために留め置き下さったものである。この五字の中には一念三千の真理の珠も、釈尊が積んでおられる功徳の珠も、私達の迷いを去らしめる力も、皆悉く包み込まれているのである。そして、この妙法五字の袋と珠を、幼き私達の頸に懸けるために、日蓮聖人が出でて度重なる迫害をも忍び下さったのです。「懸けさしめる」とは、本仏釈尊が上行菩薩、即ち日蓮聖人に命じたということ、本仏釈尊に命ぜられて上行再身の日蓮聖人は働かれたということです。「五字の内にこの珠を裹(つつ)み」とは、結要付嘱と言って、如来の一切の所有の法、如来の一切の自在の神力、如来の一切の秘要の蔵、如来の一切の甚深の事を、本仏釈尊自らが妙法蓮華経の五字の中に包められたということです。そして「末代幼稚の頸」とは、難しいことは理解できなくとも真心から信仰する人のことです。「一念三千」とは、実相真如からいえば宇宙絶対の真理には違いありませんが、妙法蓮華経の五字には、ただ冷たい真理ばかりが入っているのではありません。この「一念三千の珠」とは、「一念三千の仏種」のことであり、そこに釈迦如来の無限の智慧と無限の慈悲、無限の力、そして永年積まれた功徳が込められていることが大事です。「何だが分からぬが、南無妙法蓮華経とは真理じゃ」などと威張ったところで、信仰としては何の意味もなしません。真理とは冷たいもので、石に蹴つまずけば転ぶ、悪行をなせば報いを受けるというのが真理です。人のことは知ったことじゃないと、どうか善いことをなし悪い事をせぬようにと考えないのであれば、それは温かき宗教とはなり得ません。故に日蓮聖人は観心本尊抄の結文を仏の大慈悲に結ばれて、そして四菩薩がこの末代幼稚の法華行者を守るということを述べておられるのです。斯くして観心本尊抄は完結しますが、この中に現れている所の様々な尊い教義は、幾度も繰り返して読んで、そして味わって下さることを希望致します。(完)


 

本多日生上人報恩法要

 投稿者:shamon  投稿日:2019年 2月21日(木)09時10分54秒
編集済
  平成31年3月16日(土) 品川「天妙国寺」 京浜急行「青物横丁」徒歩5分 駐車場あり

参加費:無料 準備の都合上 出席の申し込みが必要です。
受付 :正午より 私も12:30までには入っています。
法要 :13時~
懇談 :14時~15時30分程度まで(茶菓、自由参加)

その後、場所を移して「法華行者の会」茶話会を少々予定してます。

 

/129