teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]


新着順:64/193 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

Mayさんへ

 投稿者:管理人abe  投稿日:2011年10月 4日(火)06時39分46秒
  通報
  おはようございます。abeです。

昨日、キイ操作ミスで消してしまいましたので再カキコします。

①輝く岩
 私がこの「記憶の固執」を初めて観たのは相当昔のことになりますが、第一印象として目に飛び込んできたのは「柔らかい時計」でもなく背景にある黄色に輝く岩でした。それが正直なところです。この絵を観て「柔らかい時計」でないものが第一印象として感じていたということは何か恥ずかしく後ろめたいような気がして言うのをはばかっていました。
 この黄色くまた薄青色に輝く岩はカダケスやクレウス岬の岩の写実ではありません。勿論、それらの奇岩からヒントを得て描かれたのは間違いないとおもいます。この精神分析的な黄色の輝きは「最後の晩餐」や「晩鐘の考古学的回顧」の背景に使われている黄色い雲に通じるところがあります。
 この岩は近景の時計達とは対になる存在として遠景にまるで別の世界として描かれているような気がします。

②時計
 この「記憶の固執」は「柔らかい時計」という概念を誕生させた作品です。多くの解説者は「時間への不信」との主旨で解説していることが多いです。確かに1905年にアインシュタインが特殊相対性理論を発表して時間といえども絶対的ではなく相対的であることを示していますから、ダリはその理論を知っていたと思います。
 しかしながら、科学者などがダリに対して「この作品のヒントは時間への不信ですね?」と問いかけても、「いいえ、一版的なこと(食べること)」ですとはっきり言い切っています。

③美はたべられるもの
 ダリは「異説・近代藝術論」の中で「「美はたべられるものであるか、さもなければ、存在しないだろう」と言っています。これは「アンドレ・ブルトン」が「美は痙攣的であるか、さもなければ、存在しないだろう」との言葉に対して新たなシュルレアリスムを表す言葉として述べたものです。
 パリの社交界では「美しいもの」の尺度として「食べらるか否か」として語られていました。さて、カマンベールチーズの柔らかさからの着想で創り出されたこの「柔らかい時計」はたべられそうでしょうか。

④舌触りと臭い
 どうしても絵画は目で観るので視覚以外の感覚が欠落しがちです。ダリの絵のほとんどは乾燥していてびじょびじょ感が無く、臭いを感じません。この絵も同じです。カマンベールチーズのような柔らかい時計にもかかわらずです。
 荒巻義雄氏の短編小説「柔らかい時計」があります。火星を舞台に登場するダリ氏が嗜食症に起因して時計を食べる場面があります。
 さて、この絵の中の時計を食べることを想像してみてください。美味しいですか? ネジや歯車は硬くないですか? 臭いはしますか?

⑤蟻
 蟻はダリの絵にとって重要な役割を果たしていますね。この絵では左端の変形していない時計にだけ群がっています。蟻は死の象徴とも言われますが、ここでは死ではなくて食べ物に群がっているようにみえます。
 唯一この時計だけ変形していなくオレンジ色に輝いていて、まるで蜜をかけられている果物のようです。

⑥顔
 画面の中央に横たわっているのはデフォルメされた顔ですよね。この顔はガラと出会った後に描かれた「大自慰者」と同じものです。
 ダリが幼い時にカダケスの北の港プエルト・デ・ラ・セルバに一頭の鯨が打ち上げられました。


出勤の時間です。残りは帰ってから追記します。
abe

 
 
》記事一覧表示

新着順:64/193 《前のページ | 次のページ》
/193