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mayさんへ

 投稿者:管理人abe  投稿日:2008年 8月12日(火)21時38分10秒
  管理人のabeです。

 私の記憶違いでなければ数年前にフィラデルフィア美術館などの情報をカキコしていただいたmayさんでしょうか。

 MoMAの情報をありがとうございます。私自身はニューヨークへ行ったことがないのでメトロポリタンやMoMAなどがあこがれです。
 
 

mayさま へ

 投稿者:dalist  投稿日:2008年 8月 8日(金)12時48分15秒
  ニューヨークのMOMAで今やってるのだとすれば、昨年このHPでも話題になった『ダリと映画展』だと思います。 手元の資料では 6/29~9/15 となっており、ここが最後ですね。 油絵の超メジャーな作品も出てるそうなので、実際にご覧になられたとはうらやましい限りです。 でも、これについてはある程度情報はあるので、私はむしろ、メトロポリタンの方に興味をそそられたりして・・・?  

(無題)

 投稿者:may  投稿日:2008年 8月 8日(金)00時57分28秒
  今、ニューヨークのMOMAでダリの特別展を催しております。
昨日見に行きましたが、映像の作品も館内に流されており、
それも含めて殆どの作品はみた事が無い物でとても充実した内容だと
思いました。少し前にメトロポリタンでもダリ展を開催していましいたが
こちらの方が私は楽しめました。9月中旬位までやっているそうです。
 

管理人abeさま へ

 投稿者:dalist  投稿日:2008年 8月 6日(水)12時51分38秒
  お忙しいにもかかわらず、ご回答ありがとうございました。 やはり記事は、私の記憶違いなのかもしれません。 自分としては、その意味するところが知りたくて、もう何年も考え続けたのですが、そうしてなんとか、自分なりの解釈もできたのですが、元の記事が幻だったとすると、すべては無意味だったことになりますね。
展覧会の見方については、人それぞれでいいと思います。 私も本当は、すなおに(これいいな)に徹したいのですが、性分なのか、どうしてもそれができません。 前もって興味のあるものほど、ダメなんです。 ですから、今はもう諦めて、オレにはこういう見方しかできん! と開き直ることにしています。 そんな感想を読まされる方は、たまったものではないと思いますが、どうかあしからずお付き合いくださいますよう。
 

dalistさんへ

 投稿者:管理人abe  投稿日:2008年 8月 5日(火)22時21分25秒
   こんばんは。2週続けて出来事があったものですから返事が大幅に遅れて申し訳ありませんでした。

 さて、dalistさんの照会であるダリとピカソに関する記述は新聞記事では記憶がありません。どこかで聞いたような気もしますが定かでないですね。ダリ作品とピカソ作品の対比としてはもっともな表現に感じますが、はたしてそうでしょうか。

 「ダリとピカソ展」の感想ありがとうございます。いつもながらdalistさんの観方は一歩踏み込んでいますね。私など単に(これいいな)的な観方しかしていないと思います。
 

遅ればせの感想

 投稿者:dalist  投稿日:2008年 7月30日(水)12時35分9秒
  結局その後は行けなかった『ダリとピカソ展』ですが、やはり感想は書いておこうと思います。
まず全体の構成ですが、ダリ展とピカソ展が完全に分離独立してましたね。 せっかく2人を取り上げるのだから、同年齢や同時期、同テーマ等での比較展示があってもよかったように思うのですが、出品作の中には適当なものがなかったのでしょうか。 一応2人を比較した解説パネルはあったのですが、展示自体はひとつの展覧会ではなく、ふたつの展覧会を同時開催したという感じでした。
その2展とも、内容は全生涯に渡る総合展で、テーマを絞り込んだものではありません。 昨年一昨年と、こってりしたダリ展が続いた後なので、確かに見劣りはしますが、逆に手頃で見やすい感じもしました。 いずれにしても、地方でこれだけ見られたら、御の字でしょう(どこかのシャガールには、遠く及ばないとしても)。
私はピカソは門外なので、こちらについてはパスさせていただきますが、気付いたことを2、3記しておきます(結局パスしない?)。
まずキュビスム的表現です。 ピカソの描く肖像が歪んでいてわかりにくいのは、横顔と正面顔を重ねて描いているからだ、と聞いていたので、今回は横顔だけ、または正面顔だけに限定して眺めてみたのです。 そうしたら、あまりにまとも(!)なので、びっくりしてしまいました。 もう、全然おかしくないのですね。 異様な印象を与えるのは、ただただこのふたつを合体させているからだ、ということがよ~くわかりました。
ところでダリの絵にも、『リチャード3世を演じるローレンス・オリヴィエの肖像』(全画集1091)とか『怪物の発明』(全画集650)にこのスタイルが見られますが、リアルに描かれているせいか、ピカソほど歪んだ感じはありません。 そのためでしょうか、“立体派の手法を使った”と説明されることもないようです。 でも、おんなじだと思うんですけどねえ。
次に線描きのデッサンです。 私が美術の教科書なんかで見て強く感じていたのは、陰影を付ければ立体感が出るのは当たり前だが、ピカソのデッサンは陰影のない線描きだけでも立体感がある、ということです。 ところが今回『馬車とキューピッド』(図録43)を見たら、あまりにも平板的でがっかりしました。 同じ絵の中でも、右上の人物には量感があるので、馬や左側の人物は形状が直線的だから立体感に欠けるのでしょうか。 だとすると、意図的に描き分けたのかもしれませんね。
最後は版画です。 たまたま借りやすかったから多いのかもしれませんが、比較的初期に、かなりの数の銅版画を制作していますね。 一般に、特に版画を専門としない画家が版画を手掛けるのは、名前が売れて増えてきた需要に応えるため(?)、と私は勘ぐってしまうのですが、この頃のピカソは、まだ後年ほどメジャーではなかった(?)と思うので、これは純粋に芸術的な創作意欲によるものでしょう。 でも、若いうちにいろんな手法に挑戦したい、という気持ちはわかるのですが、これらの作品が肉筆ではダメで、どうしても版画という手法を使わなければ表現できなかったものだとは、私には思えなかったのですが。 いささか考えすぎでしょうか?

長くなったので(?)、ダリについては次回にさせていただきます。 そいじゃ。
 

管理人abeさま へ

 投稿者:dalist  投稿日:2008年 7月22日(火)15時06分57秒
  早速のご回答をいただき、ありがとうございました。 あいにくこれだけでは判断できませんが、私が期待したのとは、やはり違うように思います。 すでにお察しでしょうが、内容を教えてとお願いしたのは、私が再読したい記事が、もしかしたらこれかもしれないと思ったからです。 でも、違うみたいですね(タイトルには見覚えがあるんだけど)。
こうなったら逆に、私が記憶している記事の内容をお知らせして、このたびabeさまが確認された中に、そういうのがなかったかをお尋ねした方がいいかもしれません。 もっとも、それすら以前に書いているのですが、きょうはもう少し詳しく、私が記憶しているすべてを書いてみます。

ダリの絵とピカソの絵、ふたつ並べて見比べたならば、ピカソの方がはるかに上手(ウワテ)であることは、これはもう誰の目にも明らか。 でもそれは、あくまで本物を見比べた場合の話。 写真に撮って印刷した複製画で比べると、状況は違ってくる。 ダリもピカソもそんなに差がないどころか、ダリの方が上手く感じられさえする。 つまり、ダリの絵には、複製画で見た方が上手く見えるという、大きな特徴があるのだ。 これはなぜかというと、20世紀においては、芸術作品は、本物よりも印刷された複製によって知られ、広まり、評価さえされるということを、ダリは早くから見抜いて、複製にした時に上手く見えるように、その効果を最初から計算して絵を描いているからなのだ。

だいたいこんな内容だったと思います。 ちょっと他に例のない、かなり衝撃的な内容なので、abeさまも少なからず興味をそそられるでしょうから、ご覧になられていれば、ご記憶のことと思うので、もし記憶にないとすれば、やはりあのリストには漏れているか、あるいは私の記憶が間違ってることになると思います。
 

dalistさんへ

 投稿者:管理人abe  投稿日:2008年 7月19日(土)00時47分51秒
編集済
  こんばんは、abeです。

 さて、dalistさんのご質問に答える前に言及しておかなければならないことがあります。私が入手した資料は完全でなく、いくつかにコピー不全があり全体の2~3割が判読出来ないものがあるのです。それは以下の7件です。残念ながらdalistさんの質問の記事も該当しています。分かる範囲で要旨を書くと以下のとおりですが、詩人の文らしく具体のイメージがつかみ辛いです。例えば、明るいだけの闇とは何でしょうね。
 「柔らかい時計などの素材にエロスという電流を流すとによって作品が仕上がる。芸術は予想外のものからの模倣もあり、予想とおりのものからの模倣もある。ダリを超えているのは歴史であるが、その歴史は明るいだけの闇ではないか。」

 また、内容紹介の依頼があれば可能な範囲で対応するつもりです。このHPに訪れる人は私やdalistさんも含めて特異な方であると考えるからです。対応出来ないような質問があることは私の希望でもあります。

 コピー不全記事
   1980.2.13
   1982.3.12
   1987.11.11
   1988.2.12
   1989.1.25(読売)
   1989.1.27
   1992.1.18
 

新聞記事についてもう少し

 投稿者:dalist  投稿日:2008年 7月17日(木)12時43分5秒
  先日挙げた方法の他に、図版抜きの文章部分だけでよければ、書き写す(!)という手もあるのですが、そして、そうやってテキストデータにしておけば、後々何かと重宝するとも思うのですが、さすがにこれには労力が必要なので、もしこの方法でといわれたら、提供する人がいなくなっちゃうかもね。 それと、まさか捏造する人はいないとは思うけど、信頼性の点でも問題が出そうですよね。 やはり方法はどうあれ、記事の原形をとどめる必要はありそうです。

ところで、このリストで私が読んでいるものは、ごくごくわずかでしたが、その中にひとつだけ、タイトルには見覚えがあるけど、内容はまったく思い出せないのがありました。 それがこの記事なんですけど、

燃えないキリンよ 溶けない時計よ ダリ展を見て/宗左近/読売新聞 夕刊/1982 3 12

もしabeさまがこの記事を確認されていらっしゃいましたら、どんな内容なのか、簡単に教えていただければ幸いです。 (といった依頼がどんどん出てくるようになると、管理人さまの余計な仕事が、またまた増えちゃうんですよね。 やはり、見たければ版元に問い合わせよ、となりますか?)
 

管理人abeさま へ

 投稿者:dalist  投稿日:2008年 7月15日(火)17時14分33秒
  もうほとんど確認されたのですか。 そっちの方が、それこそすごいですね。 未確認分が多ければ、「図書室」ではなく「その他」に設置することも考えられたのですが、未確認分が4件しか残ってないのであれば、その必要もありませんね。
ただ、情報提供が資料自体もとなると、どんな形でがいいのか迷います。 いちばん手っ取り早いのは、スキャンして添付することでしょうが、スキャンデータはサイズが大きくなるので、圧縮でもしないと送れないことが多いんです。 次はコピーを郵送することでしょうか(でも、管理人さまの連絡先が、知られちゃいますねえ)。 ただ、こういうやり方は、著作権法的にはどうなんでしょう。 提供はもちろん無料でしょうし、営利目的でもないわけですけれども。
ちなみに私自身は、新聞記事は保存してないので(その時は取っておいても、すぐに散逸しちゃう。 だから、後で見たくなっても捜せないことが多い)、現物を差し上げてもいいのですが(連絡先も存じてますから)。 だって、もし見たい時に簡単に見られるところが手近にあるのなら、自分で整理・保管するよりかえって楽だもん! なんちゃって。 でも、ライブラリーを公開したりしたら、これまたマズイのでしょうねえ。
諸橋近代美術館あたりでは、新聞記事の収集はされてないのでしょうか。 ああいうところなら、最終的には閲覧できるところまで行けそうですけれどもね。 今度行ったら聞いてみよ。
 

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